失踪から始まる三十路の青春ドラマ 『傲慢と善良』
■あらすじ
都内で小さなクラフトビール醸造所を経営している西澤架は、婚活アプリで知り合った坂庭真実と付き合い始める。もちろん結婚前提ではあるのだが、以前付き合っていた彼女にこっぴどく振られたことが心にわだかまりとなっている架は、真実との結婚になかなか踏み切れずにいた。
そんな時、真実の周囲にストーカーの影が浮かび上がる。まだ実家にいたころ見合いを断った相手が、いまだ自分を諦めきれずに付きまとっているらしいというのだ。彼女を守らねばならない。架は彼女と同居することにして、結婚に向けた話も具体的に進んで行く。
ストーカーからの不審電話や付きまといの気配も、すっかり消えたようだ。ふたりの前途には、輝かしい未来が待っているように見えた。あの夜までは……。
真実が突然姿を消したのは、結婚を控えて彼女が仕事を辞め、その送別会の夜のことだった。架が目を覚ますと、彼女の姿はなかった。何も痕跡を残さず、彼女は消えた。
■感想・レビュー
辻村深月の同名ベストセラー小説を、藤ヶ谷太輔と奈緒のW主演で映画化した作品。監督は『東京喰種 トーキョーグール』(2017)の萩原健太郎。脚本は『ホテルローヤル』(2020)の清水友佳子。
映画は前半が西澤架の視点から、後半は坂庭真実の視点から描かれ、最後に合流するという構成。前半はストーカー話あり、婚約者の失踪ありというミステリー仕立てなのだが、前半の最後に失踪の原因になった出来事が描かれた後は、ミステリー形式をさっさと捨ててしまう。
映画後半は真見の視点から描かれるドラマになるが、これは大人になりきれなかった女性の、遅れてきた三十路の青春ドラマだ。
僕の考える青春ドラマの定義は、「何者でもない主人公が、何者かになろうとしてもがく話」だ。ヒロインの真実は実家で母親に強く拘束され、あれもこれも母親に言われるがままに生きてきた。その彼女が実家を離れ、東京に出てきて一人暮らしをはじめ、母親の薦める見合いではなく、自分で登録した婚活アプリで知り合った架と恋愛して婚約する。
だがそれは、結局のところ母親の決めたレールの上を惰性で走っていただけなのかもしれない。真実は母親の拘束を逃れて自分で結婚相手を探した。でもそれは「結婚こそが女の幸せの価値を決める」という母親の描いたビジョンを、彼女がそのまま受けついだのではないだろうか。
結婚相談所の小野里(前田美波里が怪演)は、「結婚が早く決まるのは、結婚に対して明確なビジョンのある方です」と言う。真実には結婚に対するビジョンがあった。だから結婚を急いだ。しかし彼女はある出来事をきっかけにして、そのビジョンが借り物だったのかもしれないと気付く。そしてここから、「自分は何者でもない人間だ」と気付いた彼女が、何者かになろうとしてもがく青春ドラマが始まるのだ。
三十路になった男と女が奏でる、恋と人生の変奏曲。これは一粒で二度おいしい映画だと思う。
109シネマズ木場(シアター8)にて
配給:アスミック・エース
2024年|1時間59分|日本|カラー
公式HP:https://gomantozenryo.asmik-ace.co.jp/
IMDb:https://www.imdb.com/name/nm2513693/