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22:15からのフリーダム

ミルクを飲みながら寝落ちした息子を、ベビー布団にそっと寝かせた22:15。

秒で1日が終わった。
用事を済ませnoteを開く。
ちょっと疲れたなぁ、頭が働かないなぁ。ぼーっとしてしまう。
どうでもいい過去の些細な後悔とか被害妄想(爆)が頭に立ち込めて、思考を遮る。

マイナス思考に頭をジャックされるときって、単純に体が疲れているんだよな。

いや、わかっている。今日もとっても幸せな1日だったと。
ご機嫌でニコニコなときの息子は控えめに言って天使だし(父が「目が宝石みたい」と言っていたが、本当にそうだと思った)今日も健康でいてくれてるし、一緒に郵便局もスーパーも行けた。お利口にしてくれている間にトイレ風呂洗面所の掃除もできた。ご飯も作れた。いい天気で、息子を乗せたベビーカーを押しながら、風が心地いいなとか思った。今日という日も無事終えることができた。

でも気分的には息つく暇もなく、昼前後と夕方以降のぐずりが激しくギャン泣きする息子をあやしたり、5分で自分の体洗ってお風呂入れてってしていたら、体がガチガチになったみたい。

いや、愚痴ることでもない。ママみんな当たり前にやっていることばかり。小さなお子さんを二人も三人もワンオペで仕事しながら育てているママだっているんだもんね。そんなこと考えたら私はかなりラクさせてもらってるよな。よく寝れている方だし。そもそも息子は本当に本当に可愛いんだし。

そうはいっても、まだまだギャン泣きは慣れなくてこちらが不安になってしまう。なんで泣いているのかわからない、どこか不調があったらどうしよう。耳をつんざかれるような感じが続くと純粋にぐったりしてしまう。

いや、でも……

頭の中で複数人の自分が応酬を繰り広げる。

自分の中であーだーこーだと、グルグル思考が渦巻くのも疲れるよな。

でもこうやってnoteを書いていたら、グルグルが落ち着いてきた。

書くために考えるんじゃなく、考えるために書くんだ。

ということを、ライターの古賀史健さんが著書で仰っている。本当にそうだなと。

書いているうちに自分が何を思っているか見えてくる。「それで、どういう考え方と行動を選ぶのか?」と考えを進めることができる。

言葉が存在するから色々と悩みもするけれど、言葉のおかげでやっぱり救われる。

いま自分はお疲れ気味だとわかった。それでちょっとマイナス思考なのもわかった。
それでどうする?

自分にダメ出しすることに合理性はないし楽しくもないのだから、ストップかけよう。
で、ちょっとストレッチなんかして、どんな気持ちの自分にもOK出して、労って、
明日もいい日になることを願って、寝よう。

1日の最後にnoteを書けてよかった。謝謝〜!


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