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毎朝家の前の公園を眺める

人生を空費して30代となった。怠惰で無職で見栄っ張りでつまらない人間が僕だ。

朝になると2階のベランダへと行く。ベランダは少し広めで壁はガラス張りであり、向かいには公園がある。僕は公園や側を通る人からはあんまり見えないように家側ギリギリに椅子を置き座る。そこから会社や学校に向かう人を眺めるのが好きだ。

ただ眺めるのでは不審人物なので、何かがしたい。
だから僕はタバコを吸うことにしていた。
だが小学生時代に馬鹿だから水風呂に浸かりすぎて肺がおかしくなってしまったので、肺には煙を入れない。今は(多分)治ってるが平時でもこんこんと良く咳が出てしまう。

タバコといえば、父は僕が幼い頃タバコを吸っていた。父は祖父が酒を飲んで醜態を晒していたからか、酒はほとんど飲まなかったけどタバコは吸っていた。
でもある日吸うのをやめてしまった。
それまで土曜だか日曜だかに小銭を握りしめ自動販売機に買いに行かされたのを思い出す。確かマイルドセブンというタバコで一箱当時240円だったと思う。


これだったかな…?



父はタバコを吸い続けたかったのだろうが、母や祖母にやめてと言われたのであろう。それ以来我が家ではタバコの話はなんだかするのが禁止な空気になった。
思えば父はいつもイライラしながらタバコを吸っていた気がする。会社や家でのストレスをタバコで誤魔化していたんだと思う。
その代わり父はぶくぶくと太り始めた。仕事もやめた。タバコを吸ってればもしかしたら変わってたのかなとも少し思う。

話を戻す。
僕は不審人物でなくするためにタバコを吸うと言ったが、紙タバコはなんだか見るだけで父への思いが出て罪悪感があるのである。
だから缶に10本くらい入ってる細い葉巻を吸っていた。本質はそこではないのに人間の納得力は大したもんだと思う。
葉巻はもともと肺に煙を入れないので、僕の肺に入れない吸い方はある意味正しい吸い方であると言えた。
でも葉巻は無職の僕には高すぎる。
僕はキセルに乗り換えることにした。
キセルといえばゴエモンが持っているアレである。
「小粋」というイカした名前の箱を開けると刻みタバコがはらりと落ちる。指で葉をまるめライターで火をつける。本当はマッチの方がかっこいいのだが金をかけたくないしなんか部屋に置いてたら勝手にボッとか燃え出しそうでマッチは怖い。
とにかく火をつける。
煙を口に入れる。
公園の方を見る。
黒い小さな犬を散歩に連れている女性がいる。犬を見ていたら女性がこっちに気づき、嫌そうな顔をしてそそくさと行ってしまった。
僕は不審者ではない。タバコを吸いにベランダに来ているのだ。
でもあの女の人からしたら朝から変なロン毛男が公園を見ているという事実がある。


箱が小さくてイカす小粋

小粋が二箱近く消費された頃、キセルの吸いが悪くなった。
思えばろくな手入れをしてなかったなとキュポとパーツを分解する。ボロロと黒いカスが落ちる。
爪楊枝で中を掻き出す。黒いニチャニチャが爪楊枝にこびりつく。

うーん…
これは、体に悪い!
きっと間違いなく体に悪い!

僕は1300円で買ったキセルを手放す決意をした。
少し葉が残っていた小粋(箱がかっこいい)にも別れを告げた。
ライターは何かに使うかもしれないから置いておく。このライターはだいぶ前にパチンコ屋で取ったもので、パチンコ屋の名前が書いてある。無職なのにパチンコ屋に行ったとバレるとめんどくさいのでこのライターには偽装用のシールを貼っている。友達と大阪のなんか有名なラッパーがやっている店に行った時に帰り際にくれた謎の緑色のシールだ。僕は付き合いで店に入っただけで何も買わなかったのにシールをくれたあのラッパーの人は優しかったなと思う。

…我ながらどうしてこうも話が逸れるのかわからない。
僕はベランダから外を見ていることを言いたいだけなのにどんどんどんどんと主線からずれていってしまう。まるで社会の流れに全く沿えていない自分のようである。

とにかく
タバコは体に悪いということが視覚的にわかったのでやめた。
それからはコーヒーを片手に公園を見ていたりもしたが、コーヒーだとなんかわざわざベランダに出て飲むのは違うかなと感じた。

これは違うなって

何がしたいのかを考える。
僕は田舎育ちで、焚き火が好きだった。
庭の落ち葉なんかを集めて燃やすのは僕の仕事だったくらいだ。
そうだ僕はタバコなんか吸いたいんじゃなかったんだ。
火だ。火をつけたいんだ。

でもタバコは体に悪い。
ならお香でもつけよう。
僕は夜中の2時にトライアルという24時間やっているスーパーへ向け車を出した。
線香コーナーは思ったよりも広かった。
いったいこんなに広い必要があるのかというほど種類があった。
コーヒーの匂いの線香と迷ったが、結局はミルキーのペコちゃんの箱のお線香にした。
箱が可愛いし僕はミルキーが好きだ。銀歯を取られたこともあるが憎めない。

本当はシゲキックスみたいな形のお香が良かったが、あれはコスパが悪そうなので結局細い棒タイプの線香となった。
シゲキックス形のお香と違い棒タイプの線香は根性がないので立たない。
スーパーには線香の死骸を貯めて自立させる容器みたいなのがあったが、1800円したのでやめた。
うちには仏壇がないのでこれまでの線香の死骸の積み上げもないので線香一本を立てるのも大変だ。

結局は粘土で線香立てを自作することにした。
去年飼い犬が死んだ時に祖母が悲しんだので粘土で犬を作ってやった時の余りを使い自作することにした。(そういえば頑張って粘土で作った犬を見ても祖母は喜ばなかったな)
確かこの棚にあったなと開ける。おお、あった。「鬼滅の刃こむぎねんどセット」だ。これは八色セットで個包装で蓋付きの高級品だ。
ただ一度でも開けてしまった色の粘土はカラカラになって固まってしまっていた。
でも黄色と緑色の二つだけは手をつけていなかったので新品同様であった。迷うことなく緑色にすることにした。黄色は見ていると不安になる色だからだ。
丸めて線香を何本か刺し穴を開ける。
完成だ。
そんなに必要もないのに3つも線香立てを作ってしまった。

不安になる色の粘土

僕は朝になるのを待ちまだ全然固まっていない線香立てと、ぺこちゃん線香、ラッパーシールのライター、ゴミバケツ型の灰皿を持ってベランダへ出た。

お香セット

豪勢に7本くらい線香を同時に火をつけた。
最高だ。
甘い香り。火をつける気持ちよさ。
やはり僕が求めていたのはタバコではない。「火遊び」だ。

公園を見ているといつものレギュラーが出社登校し始める。
小太りのエンと咳き込むおじさん。兄弟で登校するガキ。ものすごいローギアで走っていく白い小さい車。茶色いでかい犬を散歩させる女。なんかぴちぴちの服を着て公園の水飲み場で水筒?みたいなのを洗って公園の水を詰めて帰る女。
ミルキー線香の甘い香りと共にそれら人間を見て変わらないことを楽しむ。

線香が消える。
穴から抜いて新しく刺し火をつける。
二、三ストロークした頃、ライターの火がなんだか弱くなったことに気がついた。
そうか、これも長いこと使ってるからガスがなくなってきたのか。
ライターは偽装用シールが巻いてあるからガスの残りがわからない。
僕はいつこのライターに別れを告げられるのかわからないまま今日も火をつける。



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