謎の生物「タマゴ鳥」を探しています
「そうか、お前がタマゴ鳥なんだろう」
30代の頃、長女と一緒に「タマゴ鳥」を目撃しました。
幼い頃、私の郷土で噂となっていた謎の鳥で、実際に見たのは初めてです。その出会いは、自身の価値観と人生に大きな影響を及ぼした出来事となりました。
以降は、「タマゴ鳥」と出会った話を時系列で説明していきます。
タマゴ鳥はじまり
昭和50年代後半、私が小学3年生の頃、郷土で謎の鳥の目撃証言が相次いだ。子供達は、その鳥を「タマゴ鳥」と呼んでいた。
遠足のバスの中、友達が「俺、タマゴ鳥を見たことある」と言い出した。別の友人も「俺もその鳥を見たよ。タマゴそのまんまなんだよな!」とみんなが騒ぎ出す。
絵に描いたものを見せてもらうと、ふたりとも同じ鳥を描いていた。
謎の鳥(タマゴ鳥)は大型で翼が見当たらないにも関わらず、電柱や木の上を飛翔する能力を持っている。特異な形状や姿は生物学的に未発見の鳥であるといえる。
しかし、私が幼少の頃に住んでいた所は、未開の土地でも孤島でもない。近所は田舎で山だらけであったが大都市に属している。そんな鳥が今まで見つからないことはありえない。
私は友達が証言するタマゴ鳥を見たことは無いし、先生や親に聞いてみてもタマゴ鳥を見た大人はいない。そのため、私はタマゴ鳥の存在を懐疑的に捉えていた。
しかし、クラスでの目撃者は数名に及び、友達が描いた絵の特徴は共通していた為、全て嘘だとは思えない。遠足後には噂となったが次第に誰も話題にしなくなり、私の記憶も薄れていった。
小学4年生の頃に正体不明の鳥と遭遇
私が姉と一緒に近所の山道を散策している時、正体不明の鳥を目撃した。蔦のある雑草が一面に生い茂った空き地で、見たことも無い鳥がひょっこり首を出して草むらに隠れた。
子犬ほどの大きさで、緑色の顔とクチバシ、トサカの様なモノだけが見える
急いで姉を呼んで正体不明の鳥の居場所を指差したが、うまく隠れていて姉には見えない。手に持っていたバケツを付近に放り投げると、一目散に走って逃げ出した。
鳥が逃げた後はボールが転がる様に雑草が倒れていく。
鳥は飛ばずに走って逃げていき、鳴き声もしなかった。
不思議なことに、私は初めからこの鳥がいるのが分かっていた気がする。
<あの鳥が、噂のタマゴ鳥だったのかはわからない>
家に帰ると父が泣いていた。妊娠中で具合が悪く病院で入院していた母が流産したのだ。まだ見ぬ弟の名前を姉と一緒に決めていた矢先だ。
当時、私は命を失う重大さを理解していなかった。悲しむより先に「母が家に帰ってくる」と喜んだので、鬼の形相で父に殴られたのを今でも鮮明に覚えている。
20年後 タマゴ鳥と遭遇
20年後の30代後半、私は結婚し2児の父親になっていた。その時に、謎の鳥「タマゴ鳥」と至近距離で遭遇することになる。
今まで生きてきた中で一番辛い決断を迫られました。
ー当時の状況も含めて説明しますー
妊娠中の妻に癌が発症
第三子を妻が妊娠していた時、産婦人科の定期健診のエコー検査で白くモヤモヤしたモノが見つかり、紹介状を書くから総合病院へ行くように指示された。
妻は近隣の総合病院へ診察を受けたが、そこでも「うちでは対応できないので大学病院へ行ってほしい」と告げられる。
大学病院での診察後、家族を呼び出され、疾病の内容について説明を受けると、それは夫婦が背負うにはあまりにも大きな病気であった。
「胎児共存奇胎」
10万人に1人の疾病。双子を妊娠した際、片方の胎児が異常分裂を引き起こし、癌細胞へ変異した。
妊娠中の癌細胞の摘出手術は不可能で、出産するには癌細胞と胎児の両方を育てることになる。
妊娠状態を続けると子宮癌による子宮の摘出、肺への癌転移のリスクがあり、生死を掛けるか、生涯にわたる癌治療を覚悟する必要がある。
危険を冒して妊娠を継続しても、片方の胎児は癌細胞の影響を受けるため、流産や死産に至る可能性が極めて高く、健康な生児を授かる見込みも薄い。
一通りの説明が終わると、医師から承諾書が渡されて「妊娠継続は生んでも生まなくても、母子ともに壮絶な運命を辿る。中絶して治療に専念するのがベストである」と告げられた。
妻はボーっと座ったまま、しばらく医者の話を聞いていたが、お腹を両手で抑えて、よろよろと立ち上がり「片方の子はちゃんと生きている、私は死んでもいいから生んであげたい。」とわんわん泣き出した。
病院側は母体の生命を優先する。私も同様の立場だ。しかし、妻の言うことも辛いほどわかる。可能性が少しでもあるのなら生まれてほしい。
改めて夫婦で話し合った結果、「羊水検査をして、赤ちゃんに異常がなければ妊娠を継続させます。それに伴うリスクは覚悟します」と病院に伝えた。
その後、妻は羊水検査で異常が無かった為、妊娠を継続し、暫く入院することになった。
妻の入院中、生活は慌ただしかった
当時は私はブラック企業で働いていおり、同族経営の工場で品質保証の責任者をしていた。同族の連中は面倒で責任のある仕事は一切しない。不具合の責任とクレーム処理は私に全て押し付けてきた。
私は課長の肩書きであるが、残業代はもらえず、部下もおらず、深夜まで及ぶ残業や休日出勤が続く。
現場はクレームが頻発しても無関心で、改善指示を守ろうとしない状態だ。現場の上司は品質保証の私と対立することで、部下をかばって仕事をした気でいる。こんな状況でまともな製品が作れるはずがない。
残された幼い子供達の保育園の送り迎えの為に、せめて定時で帰らせてほしいと部長に懇願すると、「誰がクレームの対応するんだ!俺の恥は会社の恥だぞ、そんな無責任な奴はいらん」と罵声を浴びせられた。
ブラック企業だとはわかっていた
それでも会社のため、家族のために一生懸命に頑張って来たのに
・・これが答えか。
仕事中は高齢の母に子供達の世話をお願いして、家で持ち帰った仕事を徹夜でしていると、幼い子供達は寂しいと夜泣きした。
ー最悪の状況しか頭に思い浮かばない
「私は判断を間違えた。幼い子供達には、まだ母親が必要だ。私が妻に生涯憎まれる覚悟をして中絶の判断をするべきだった。望みの薄いことに家族の一生の暮らし賭けたのは無謀だった!」とイライラして家で声を荒げた。
心身共にボロボロだった。
誰も私を助けてはくれない
年末深夜の仕事帰り、普段は地元の人しか行かない、南北朝時代の武将を祀った小さい神社を通った。その神社はスーパーの近くにあり、妻が買い物している間、子供達と追い掛けっこしたり、かくれんぼしたりするのに絶好の遊び場所だった。
いつのまにか境内に来ていた。
無宗教で信仰心も無い私が初めて神頼みをした。
「武将様。境内で遊ばしてもらっていた家族です。お願いです。妻と子供を助けて下さい。」今まで我慢してきものが溢れ出した。恥ずかしげもなく、声を出して泣きながらお祈りしていた。
妻の入院中にタマゴ鳥と至近距離で遭遇
妻が妊娠中の病気で長期入院になり、小さい子供達が寂しそうにしていたので、正月休みにお世話をしてくれていた母を連れて動物園に行くことにした。
その時にタマゴ鳥と遭遇した。
野外の一般通路を見たことも無い鳥がゆっくり歩いている。
体は完全な球体。大きな体(60cm程度)に反して頭と首は小さく、スズメ程度であったと思う。私は田舎の山育ちで多くの野鳥を見ているが、これには驚いて腰を抜かしそうになった。
赤いピンクの孔雀の様な鶏冠と、光沢のある深緑の体のコントラストがとても美しい。
最初に見た時は動物園の檻から逃げ出した鳥か、体験学習中に逃げた鳥と思い、係の人に知らせようとした。しかし、謎の鳥は鳴いて暴れたり、飛んで逃げ出す様子は無い。
私が1mぐらいの距離まで近付いたら、こちらを一瞬見上げた後、ゆっくり目を瞑って、人目を避けるように草むらに移動して座りだした。
「綺麗だ」
私は興味が湧いて触ってみようとしたが、娘が酷く怯えていた為、その場から立ち去った。
娘が後から「あの鳥は何?何?何だったの?」と尋ねてきたので、「あれはタマゴドリ。魔法が使える不思議な鳥だ」とだけ答えた。
妻が第三子の娘を出産
第三子が出産予定日に無事に生まれた。泣き声が大きく健康な女の子だ。
病院から妊娠中に問題になった疾患の癌細胞は徐々に小さくなり消滅したと説明を受けた。極めて稀なケースで、この病院での初めてのことだった。
癌治療の為の通院も必要が無いと言われ、翌日に退院出来た。子供の名前は、双子だったことを考えて男女の二つ読み方が出来る名前にした。
娘が無事に生まれた後、助けてくれなかった会社を見切り退職した。辞める前に「昔の俺は君の何倍も苦労した」「あと1年辛抱したら楽になる。一緒に頑張ろう」と必死に引き留められる。
何を言ってるのか最後まで理解できなかった。
もう、相手にする気はない。
なぜ、こんな会社をすぐに辞めなかったんだろう。
すぐに働ける当てはなかったが、仕事なんていくらでもある。妻に伝えると「その方がいいよ。みんなで生きていこう」と笑って励ましてくれた。
私が見落としていたもの
私は当初、正体不明の鳥には関心がありませんでした。山で綺麗な蝶を発見しても、それが何であるかを調べる人が少ないのと同じです。
きっかけになったのは、出産後に妻の妊娠中の病気をネットで色々調べていた時です。結果は奇跡の様な嬉しい出来事でしたが、あの時にもし別の判断をしていれば娘は生まれてこなかった。
病気は本当だったのか?と疑問に思ったからです。
色々な可能性を探している時にあの不思議な鳥のことを思い出しました。そうすると、何気なく口に出したタマゴ鳥の名前、幼少の頃の記憶やこれまでの出来事がフラッシュバックして1本の線につながりました。
私が見たタマゴ鳥は実在します。ちゃんとした学術名があり、何故その場所にいたのかも時間を掛けて調査すれば明らかになるでしょう。
そうなれば、これまでの経緯とタマゴ鳥は無関係であったことが判明します。ですが、私は潜在意識の中で何かのメッセージがあるからタマゴ鳥や他の出来事を思い出したのです。それは私にとって何の意味があったのでしょうか?
やっと意味が分かりました。私は人としてクズだったのです。
お礼の報告
夏に家族で、あの武将を祀った神社にお参りに行きました。今は引っ越しているので久しぶりです。
「末っ子が生まれる前に、この神社にお祈りしたら、無事に生まれたんだよ。今からみんなで、神様にありがとうってお礼をします。」
上の子達に末っ子が生まれる時の大変だったことを話し、命を懸けて頑張った妻、助けてくれた病院の先生方、寂しくても我慢した上の子達、面倒を見てくれた母
全てに感謝の言葉を伝えました。
これからは自分の家族のためにバリバリ働いて、家族と楽しい思い出を沢山作っていこうと誓いました。家族がいるから父親なのではなく、家族に父親にさせてもらっているのです。
1人で運命は変えれない
お賽銭を入れて、家族で手を合わせていた時に、妻が私の肩を叩き、笑いながら社務所の張り紙を指差しました。そこには以前は無かった張り紙がありました。
【神社の境内で遊んではいけません】
そうか・・やはり迷惑だったのか。ごめんなさい。
あとがき
再就職先が決まらず派遣で苦しい生活をしていましたが、それからしばらくして、7年前に大企業の契約社員として働いていた時に知り合った昔の上司から、突然電話が掛かってきました。昔の上司は大企業で出世しており、社員として一緒に働いてくれないかと誘われたのです。
事業の拡大で人員を募集していたが、思う様な人が集まらず困っていた時に、たまたま携帯のリストで残っていた私の名前を見つけたので電話してみたとの事でした。
その後、大企業に運よく転職が出来て今は恵まれた環境で働いています。
タマゴ鳥を3年間探し続けています。現地調査、博物館、動物園で調べましたが未だ正体不明です。SNSで情報を集めていますが、現在も特定できていません。
私はエンジニアなので、都市伝説、超常現象、占い、迷信、スピリチュアルの類は一切信じておりませんし、興味もありません。
科学的な手法と標準化されたプロトコルを採用して、「わたしにとっての未確認生物」の正体を知りたいのです。
それが何だったとしても