入祭唱 "Iubilate Deo" (グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ36)
GRADUALE ROMANUM (1974) / GRADUALE TRIPLEX pp. 219–220; GRADUALE NOVUM I pp. 191–192.
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GRADUALE NOVUMでは子音字としてのiをjと記すため,この入祭唱の冒頭は "Jubilate Deo" となっている。
更新履歴
2023年4月12日
全体にわたり,いろいろと細かい改善を行なった。
2019年5月5日 (日本時間6日)
投稿
【教会の典礼における使用機会】
1970年のOrdo Cantus Missae (GRADUALE ROMANUM [1974] / TRIPLEXおよびGRADUALE NOVUMはこれに従っている) では,復活節第3週 (水曜日以外) に割り当てられている。2002年版ミサ典書でも復活節第3主日に割り当てられているが,続く週日は毎日異なる入祭唱を持っている。
そして次の週である復活節第4週の入祭唱が "Misericordia Domini" となっている。
これに対し,先の典礼改革 (1969年から順次導入された) より前の暦では,"Iubilate Deo" は復活節第4主日 (とそれに続く週) に割り当てられていおり,逆に "Misericordia Domini" は第3主日 (とそれに続く週) にくる。典礼改革の際,ここの順序が入れ替えられたことになる。なぜなのかは私は今のところ知らない。
なお,混乱を避けるため改革後典礼 (現行「通常形式」典礼) での呼び方を用いたが,改革以前の典礼書では復活節第3主日にあたる主日は「復活後第2主日」,復活節第4主日にあたる主日は「復活後第3主日」と呼ばれている。
【テキスト,全体訳,元テキストとの比較】
Iubilate Deo omnis terra, alleluia: psalmum dicite nomini eius, alleluia: date gloriam laudi eius, alleluia, alleluia, alleluia.
Ps. Dicite Deo, quam terribilia sunt opera tua, Domine! in multitudine virtutis tuae [mentientur tibi inimici tui].
【アンティフォナ】歓呼せよ,神に,全地 (に住む者たち) よ,ハレルヤ。讃歌を彼の御名に歌え,ハレルヤ。彼への讃美を輝かしいものとせよ,ハレルヤ,ハレルヤ,ハレルヤ。
【詩篇唱 (角括弧部分なし)】神に向かって言え,「あなたの諸々の御業はなんと恐るべきものでしょう,主よ,御力の多大さ (充満ぶり) において」と。
【詩篇唱 (角括弧部分あり)】神に向かって言え,「あなたの諸々の御業はなんと恐るべきものでしょう,主よ。御力の多大さのゆえに,あなたの敵どもも御前には [従順を] 装うでしょう」と。
アンティフォナの出典は詩篇第65篇 (ヘブライ語聖書では第66篇) 第1節後半と第2節である。復活節ゆえに挿入されている "alleluia" を除けば,テキストはローマ詩篇書Psalterium RomanumともVulgata/ガリア詩篇書Psalterium Gallicanumとも完全に一致している (「ローマ詩篇書」「Vulgata=ガリア詩篇書」とは何であるかについてはこちら)。
詩篇唱にとられているのも同じ詩篇であり,ここに掲げられているのはその第3節である。やはり,テキストは両詩篇書に完全に一致している。
角括弧部分は,GRADUALE TRIPLEXやGRADUALE NOVUMがもとにしている10世紀の聖歌書の一つであるEinsiedeln 121には記されていない (単に記載を省略したのではなく本当に歌われなかったということが,旋律を示すネウマから明らかに読み取れる)。そういうわけで,聖歌のもとの姿を復元することを旨とするGRADUALE NOVUMでは,この部分は省かれている。GRADUALE TRIPLEXやNOVUMがもとにしているもう一つの聖歌書であるLaon 239では,詩篇唱が最後まで記されていないので分からない。もっと新しい聖歌書であるBenevento 34には角括弧部分も記されている。
【対訳】
【アンティフォナ】
Iubilate Deo omnis terra, alleluia:
歓呼せよ,神に,全地 (に住む者たち) よ,ハレルヤ。
自然な日本語の語順に直したもの:全地 (に住む者たち) よ,神に歓呼せよ,ハレルヤ。
入祭唱の冒頭の語はその日全体の性格を示している場合もあり重要なので,訳文でも冒頭に持ってくるように努めている。
ここで呼びかけられて命令の対象となっている "omnis terra" は「全地 (地上全体)」という意味で,単数形をとっている。しかし,これに対する命令法の動詞 "iubilate"「歓呼せよ」は複数形である。そこで,実際には「全地」そのものではなくそこに住む者たち (複数!) に呼びかけられていると考える必要がある (まあ,喜んで声を上げるのは地そのものではなく人間なのだから,どちらにしろそうなるのだが)。
七十人訳ギリシャ語聖書でも同様になっており,そのドイツ語訳であるSeptuaginta Deutschはまさにこのような補いを入れている (なんだか偶然一致したような書き方になってしまったが,そうではなく,私がこの考えに至ることができたのはSeptuaginta Deutschのおかげである)。
psalmum dicite nomini eius, alleluia:
讃歌を歌え,彼の御名に,ハレルヤ。
date gloriam laudi eius, alleluia, alleluia, alleluia.
彼への讃美を輝かしいものとせよ,ハレルヤ,ハレルヤ,ハレルヤ。
直訳:彼への讃美に光輝を与えよ,(……)
その別訳:彼への讃美に栄光を与えよ,(……)
"gloria" (>gloriam) といえばふつう「栄光」あるいは「誉れ」だが,「輝かしさ」「きらびやかさ」といった意味もある。
【詩篇唱 ("mentientur" 以下が含まれない場合)】
Dicite Deo,
神に向かって言え,
quam terribilia sunt opera tua, Domine! in multitudine virtutis tuae.
「あなたの諸々の御業はなんと恐るべきものでしょう,主よ,御力の多大さ (充満ぶり) において」と。
この場合,"in multitudine virtutis tuae"「御力の多大さ (充満ぶり) において」は「恐るべきものだ」ということを修飾する句であると解釈できる。人間に置き換えていえば,例えば芸術家のものすごい力の充実ぶりを感じさせる恐るべき作品がある,ということであり,ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第29番《ハンマークラヴィーア》のことでも考えればよいのではないかと思う。
【詩篇唱 ("mentientur" 以下が含まれる場合)】
Dicite Deo,
神に向かって言え,
quam terribilia sunt opera tua, Domine!
「あなたの諸々の御業はなんと恐るべきものでしょう,主よ。
この場合次の "in multitudine virtutis tuae" が後にかかると考えられるので,ここで文が切れる。
in multitudine virtutis tuae mentientur tibi inimici tui.
御力の多大さゆえに,あなたの敵どもも御前には [従順を] 装うでしょう」と。
別訳 (たぶん違う):御力の多大さゆえに,あなたの敵どももあなたのために詩を作るでしょう」と。
"in multitudine virtutis tuae" を後ろにかけることの結果として,この句自体の意味も変わり,「~において」ではなく「~のゆえに」ととるのがよいと考えられる (「in + 奪格の名詞」で理由を示す用法は,少なくとも教会ラテン語にはある)。
動詞mentior, mentiri (>mentientur) は「うそをつく」「でっちあげる」といった意味だが,神の力が強いから神の前でうそをつくとはいったいどういうことかといえば,本当は従う気はないのだが怖いので従っているふりをしておく,ということだと考えられ,Septuaginta Deutschは実際そのように言葉を補って訳している。
同じ動詞mentior, mentiri (>mentientur) が「詩や物語を作る」という意味も持つため,別訳としてそういう解釈も一応書いておいたが,たぶんこれは違うと思う。敵である者も恐れおののいたり服従したりすることはあるだろうが,詩まで作るというのは神を愛する者のすることだろう。いやそれ以前に何より,この動詞における「詩や物語を作る」というのはどうやら基本的に「フィクションを創作する」ということらしいので (「うそをつく」「でっちあげる」という意味とのつながりが分かりやすいではないか),神に讃美の詩を捧げるというような意味にとるのは無理がありそうなのである。
【逐語訳】
【アンティフォナ】
iubilate 歓呼せよ (動詞iubilo, iubilareの命令法・能動態・現在時制・2人称・複数の形)
Deo 神に
omnis terra 全地よ,地上全体よ (単数) (omnis:全部の,terra:地よ)
呼びかけの対象が単数なのに命令法の動詞が複数形であることについてどう考えればよいかについては,対訳の部で述べた。
alleluia ハレルヤ
psalmum 讃歌を
dicite 歌え (動詞dico, dicereの命令法・能動態・現在時制・2人称・複数の形)
この動詞は基本的には「言う」という意味だが,このように「歌う」という意味でもしばしば用いられる。
nomini eius 彼の名に (nomini:名に,eius:彼の)
alleluia ハレルヤ
date 与えよ (動詞do, dareの命令法・能動態・現在時制・2人称・複数の形)
gloriam 栄光を,誉れを,輝きを
laudi eius 彼への讃美に (laudi:讃美に,eius:彼への)
ラテン語では一般に,「~の」という意味の語は「~への」という意味にもなりうる。
alleluia, alleluia, alleluia ハレルヤ,ハレルヤ,ハレルヤ
【詩篇唱】
dicite 言え (動詞dico, dicereの命令法・能動態・現在時制・2人称・複数の形)
Deo 神に
quam いかに~か (英:how)
疑問詞。ここでは感嘆文をつくっている。
terribilia 恐るべき
sunt ~である (動詞sum, esse [英語でいうbe動詞] の直説法・能動態・現在時制・3人称・複数の形)
opera tua あなたの仕事が,あなたの働きが,あなたの作品が (複数形) (opera:仕事が/働きが/作品が [複数形],tua:あなたの)
"opera" の単数・主格の形は "opus"。
Domine 主よ
in multitudine 多量さにおいて,充満において;多量さのゆえに,充満のゆえに (multitudine:多量さ,充満 [奪格])
virtutis tuae あなたの力の (virtutis:力の,tuae:あなたの)
上の "multitudine" にかかる。
mentientur うそをつくだろう,(~であるかのように) 装うだろう,でっちあげるだろう,詩や物語 (フィクション) を作るだろう (動詞mentior, mentiriの直説法・受動態の顔をした能動態・未来時制・3人称・複数の形)
tibi あなたに
inimici tui あなたの敵どもが (inimici:敵どもが,tui:あなたの)
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