伝えられることなんて、いつだって恋の話だけだったので
忘れられない言葉がある。昔読んでいた漫画に出てきた一言だ。
「いろんなものに恋をしなさい」
特別な言葉ではない。
しかも、これは本編ではなく、単行本になったときのおまけページにあったもの。
漫画家・持田あきさんが、卒業式で先生に言われた言葉だそう。素敵じゃない?
自分の担任でもない、見ず知らずの先生の言葉を、わたしはずっと心のなかにもち続けている。
そして、わたしが関わった何人もの卒業生にも、伝言ゲームみたいにしてたくさん贈ってきた。
卒業文集、PTAの広報誌、直接宛ててくれた手紙の返事。
教員をしていた頃は、卒業シーズンが近づくと、毎年卒業生に贈る言葉を求められていた。
新しい世界に飛び立っていく彼らにわたしから贈れる言葉は何なんだろう。
毎年毎年、悩みに悩んだ。
同僚の先生たちは、いかにも先生らしい言葉を、先生らしく贈っていた。
どれも素晴らしいと思う。
けれど、わたしにはどうしても贈れない言葉たちだった。
自分でできていないくせに、人には求めるなんて、できない。しかも、こんな大切なときに。
思いやりも努力も絆も感謝も、わたしだって大切だなぁとは思う。
でも、えらそうにわたしから、旅立っていく児童・生徒に伝えられるのか?
わたしの何倍も思いやりがある子も、努力している子も、たくさんいる。
何より、「思いやりの心をもって」と書くわたしを想像するだけで、わたし自身が笑ってしまいそうだった。
え、それ、あなたがここで伝えるんですか? 本気? うけるんだけど。
毎年毎年、悩んで悩んで、嘘がなく、心から伝えられる最後の一言を考えてきた。
結果、毎年書くことは、同じようなことだった。
言葉は少しずつ変わったけれど、ベースにあるのは結局いつも「いろんなものに恋をしなさい」だったなぁ。
「好き」は、世界を広くしてくれる。
まったく知らなかった景色をたくさん見せてくれるし、知識も増える。はまり込んでいくうちに、気づけばいろんなことが身についている。
今のわたしがあるのも、全部、好きな人・ものの影響だ。
好きな人の好きなものをわたしも好きになりたくて、人知れずめちゃくちゃ勉強したり、もっと相手を知りたいと思ううちに苦手だったものを克服していたりした。
これまで好きになった人たち、ものたちが、今のわたしのすべてで。
環境が変わると、知らない人・知らないこと・知らない習慣にたくさん出会う。そういう場にいるだけで緊張するし、知らないうちにたくさんストレスもかかっている。新しい居場所が、望んだ場所じゃないかもしれない。
それでも。
恋できるものは、たくさんある。
心が動いたもの、もっと知りたいと思えたもの、なんだか分からないけどわくわくするもの。
そういうものに恋をして、いろんな世界を見てほしい。
全部の恋が実るわけではないけれど、すぐに終わる恋もあるけれど、恋したものは、全部あなたの中にたまっていくから。
アドバイスなんて偉そうなことはできないけれど、新しい環境に飛び込んだ人に言葉を贈るなら、やっぱり「ぜひ恋をしてください」と伝えるな。世界には、すてきなものがたくさんあるから。
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