金バッジの前に
わが家に加湿器を導入したのは一昨年のことである。
タンクに水を補充してから点けるのが常である。
そして今朝、タンクに水を入れていて気がついた。
今日は雨天である。
加湿は必要ない。
いや、そうじゃなく。
思いついたのは別のことである。
それを書く。
私は加湿器のタンクに水を補充する作業を、いやという程やって来た。
自宅で加湿器を使い始めたのはほんの一昨年からなのに。
会社でずっとやっていたのである。
16年間パートをした会社は、倉庫の中にある事務所だった。
常に乾いて埃が飛んでいた。
夏場は冷房で冬場は暖房で、いつも空気は乾いていた。
(勤務の後半……東日本大震災以降は真新しい事務所に引っ越したが、乾いていることに違いはなかった。)
そこで加湿器の出番である。
デスク上や棚上など、そこここに加湿器が置かれている。
けれどそれを稼働している人は少ない。
パートに決まった席はなく、日々違う席に着くことになっていた。
その度に私は席にある加湿器を整備したものである。
本体の埃を払い、タンクに水を補充して稼働するのだ。
仕事中もタンクの水が無くなれば、席を立って補充する。
冬場だけではない。
冷房で乾燥した夏場も加湿器タンクの水を補充する。
別に誰にも感謝されなかった。
そりゃまあそうだろう。
自分一人で気にして動いているだけである。
世の中には加湿など、まるで気にしない人もいるのだから。
他にも別に誰にも感謝されないことは多々あった。
土日出勤もある仕事だった。
割合大きな職場だったが、さすがに土日は出勤者が少ない。
実はそういう日に仕事をするのは、わりと嫌いではない私である。
人混みが苦手なだけに。
いや、それはともかく。
掃除などメンテナンスで入っている会社も土日は休みだった。
すると、給湯室が荒れる。
共用のポットで湯を沸かすのは(当番などないから)私である。
シンクの三角コーナーのゴミ入れが溢れていれば、生ゴミ専用ポリバケツに捨てる。
燃えるゴミ専用の大きなポリバケツは、蓋も閉まらない程にゴミで山盛りになっている。
その場合は、ゴミ袋を出して口を縛ってゴミ用カートに入れる。
そしてポリバケツには新たなゴミ袋をセットする。
……ということを土日の度にやっていたのも私である。
別に誰にも感謝されなかったけれど。
嫌なのだ。
汚い所で働くのが。
誰かが見ている。
いずれ誰かが褒めてくれる……とまでは思わなかった。
でも、それでも誰かに一言「ありがとう」って言って欲しかったよ。
というわけで不特定多数に向けて、こういう場所で吹聴するわけである。
あの会社の加湿器のタンクに水を補充していたのは私だよ!!
ゴミ袋の交換をしていたのも私だよ!!
もののついでに自慢するけど、単なる賃貸アパートに過ぎないここの玄関や階段を掃除して、駐車場の雑草をむしっているのも私だよ。
ついでにその辺に転がっていたプランターに勝手に球根を植えて水をやっては楽しんでいるけどな。
だって家に帰って来た時に、玄関先や階段にゴミが散らかっているのは嫌じゃない?
自分の部屋の中にゴミが落ちていればフツー拾うでしょう?
それと同じことじゃないの?
賃貸だからとか持ち家だからとか関係ないでしょう?
だから拾ったり掃いたりしてるんだけど。
他の住人は嫌じゃないのかな?
その辺は私には謎です。
管理会社が週一だか月一だかやって来て、軽く掃除や植え込みの手入れなどはしているけれど。
時に植木の屑などをあちこちに落として帰ってしまう。
そのテキトーさが気に入らない。
いちいちそれらを掃いて回るのは私である。
何だか却って手がかかる管理会社ではある。
もっともアパートの掃除に関しちゃ、古狸の杢兵衛マダムが気づいた時に、
「いつもありがとうねえ」
とお礼を言ってくれる。
お陰様で他の住人も気づけば「すいません」ぐらいは言ってくれるしな。
それで充分ではあるのだけれど。
過去16年間勤めた会社で加湿器の水について褒められたことも感謝されたことも殆どなかった。
(その場で気づいてありがとうを言う人も居るには居たが)
やがていつか現世を離れ天国だか極楽だか、尊いお方がいる場所で、
「見ていたよ。一人でよくやっていたね」
と褒められたいと思っている。
金のバッジでももらえれば充分である。
あの世にバッジ制度があるかどうかは知らないが。
その前にこんな所で吹聴してしまっては、効果半減なのだろうか?
見逃してください神様。
風邪っぴきで少しばかり弱っているんです。
ちょっとは誰かに褒められたいんです。
どっとはらい。