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『やさしさ』がなにか、感情派な友人がおしえてくれた
こんばんは、
えだちゃんです!
指摘することってむずかしいですね。それが、一生懸命な友達であればなおさら。
言葉って意図せず人を傷つけ、意図せず人を癒します。つい先日、残念ながら前者が起きました。言ったのは有人で、傷つけられたと感じたのは僕。友達に悪気がないのはわかってたけれど、でも気付かぬうちに僕のこころに土足で踏み入って、ぐちゃぐちゃにされた気がしました。
なので、極めて冷静に、
「ぼくが悲しさを感じたこと」
「言葉を繊細に扱ってほしいこと」
「決めてほしいこと」
を伝えました。
(あとから見返したら、ぜんぜん冷静じゃなかった)
いやぁ〜………こういうこと言うのは苦しいですね。友達に悪気がないことはわかってましたし、僕がこの感情をにごしちゃえば済んだ話でしたから。
自分のご機嫌を取ると決めたとはいえ、やっぱりイヤですね。同時に、今までぼくに指摘をさせてしまっていた家族や友人やらに、申し訳なさが湧きあがりました。
そんなこんなで苦しがってるところに一連の流れをみてた友人が、こんなメッセージをくれました。
『えだちゃんが、いってくれてうれしかった。』
この言葉に、ぼくは救われました。
「あぁ、届いてたんだ。受け止めてくれたんだ。」
僕はやっぱり言うのがこわかったです。嫌われたらどうしようっておもったし、何よりもみんなの居場所をつくりたかったのに指摘した友達からは居場所を奪ってしまったかもしれない。それは僕の存在意義の真逆なんです。
そういう僕のごちゃごちゃした感情をわざわざひろって、声をかけてくれました。きっとめちゃくちゃ難しかったはずです。リスクもあったはずです。でも声をかけてくれました。それが何より、うれしかったんです。
やさしさってこういうことだなぁって、体感させられました。やさしさって、相手を害しないだけじゃなくて、相手を感動させるものなんですね。相手に共感して、なにを求めてるのか見定めて、うまくいかない覚悟ももって行動に移す。
別の視点でもうひとつ。
ぼく自身がやさしくなれてるって感じました。それは誰かにしてもらったやさしさに気付けたからです。日常なささいなやさしさに気づいて、ささいなやさしさを誰かにできる人になっていきます。
2020年5月18日
しっぱいノート139日目
えだちゃん。
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