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コロナ禍のイタリアから見る移民に依存する欧州の農業

文責:魚の理


はじめに

 新型コロナウイルスの世界的流行が国際経済を揺るがしたのは紛れもない事実だが、欧州では特に農業が危機に瀕した。生産・収穫・包装といった全ての工程を季節労働者に頼り切っていた欧州諸国は国境の封鎖によってEU域外は勿論、シェンゲン協定締約国からの人材確保も難しくなった。国連食糧農業機関(FAO)は欧州全体で100万人の農業季節労働者が不足する可能性を表明した[1]。農業労働者が20万人不足すると推計されたフランスのある農家は「収穫できなかったアスパラを畑で腐らせてしまった。作業できる範囲に抑えるため生産量を半減せざるをえず、3万ユーロ(約348万円)の減収だ」[2]と述べていた。まさにパンデミックは食糧生産という人間社会の根幹を脅かす存在にまで深刻化したのである。

 本稿で取り扱うイタリアもこの問題には無縁ではない。テレサ・ベラノバ農林食糧政策大臣は「農業は移民を必要とし、収穫は危険にさらされている」[3]と発言し、実際に政府は犯罪歴のない不法就労者を「合法化」する政策の導入を決意した[4]。このように、従来保守的と言われていた移民政策を転換しなければならない程度にまでイタリアは追い詰められたのである。

 移民農業労働者に対する学術的関心は、国際的に見ても高いとは言い難い。例えば、日本では戦前の日系人や満蒙開拓移民を農業という観点から分析した研究が充実している一方で、同様の注目が外国からの移住者に向けられたのは日が浅い。イタリアにおいても、アメリカ大陸に移住したイタリア人出移民への高い関心に比べて、イタリアに入国する外国人移民は長年等閑視されてきた[5]。つまり、移民農業労働者を分析する視角はあくまでも自国民・自民族に偏重しており、ニューカマーとしてやってくる移住者に対して向けられてきた訳ではないのである。

 移民農業労働者が他の職業と比べて特殊なのには2つの理由があると考えられる。まず、農業労働は肉体労働であるが故に長期的に続けられる仕事ではない。移民はファーストキャリアが非正規雇用であることが多く、仕事をしながら就職活動や資格受験を経て転職を叶えるというキャリアコースを辿りやすい。従って、短期的な出稼ぎを望んでいたり、移住してまもなかったり、何らかの理由で不安定な雇用にしがみつくしかない状況に置かれたりした移民が農業労働者として働くと考えられる。次に、農業労働者は劣悪な労働環境に苦しめられやすい。日本でも外国人技能実習生の待遇が問題視されているが、それは単に労働がきついというだけでなく、雇用主による暴力とピンハネ、粗末な居住環境、そして奴隷のような労働時間となけなしの賃金に苦しめられるなど、まさに農業労働者はマルクスが言う「疎外された労働」を甘受しなければならない立場にある。

 上記の問題は移民に限らず農業労働者であれば普遍的に見受けられる現象かもしれない。しかし、移民は言語や習俗の異なる他国に移住する上で多大な犠牲を払う。それは費用やプライドである。前者は想像しやすいと思われるが、後者は自身のアイデンティティを揺るがす問題である。専門職として移住しない限り、移民は出身地と比べて社会的地位の低い職業に就く傾向がある。出身地では修士号を持つエンジニアだったのに、移住したら事務補佐員として働かなくてはならないという事例は決して珍しくない。さらに、移住や求職は1人で実現できるはずもないため誰かに頼らざるを得ない訳だが、その過程で依存関係が成立する。依存先はケースバイケースになるが、例えば短期的な季節労働者だと職住近接になるために衣食住を雇用主に全面的に頼る必要が出てくる。人がよい雇用主であるなら話は別だが、タコ部屋のような環境に縛られる可能性もある。つまり、移民は階級の下降移動や依存関係の成立を経験するために、他の季節労働者と比べて抑圧に晒されやすい立場となる。

 本稿ではイタリアにおける移民農業労働者の実態を概観する。まず、特に農業分野において季節労働者が求められる社会的背景を他の欧州諸国と比較した上で分析する。そして移民農業労働者の就業実態をジェンダーの観点から捉えた上で、最後は彼らを取り巻く労働環境の問題点を明らかにする。

欧州における外国人農業季節労働者の現状

 欧州諸国の農業を牽引してきた季節労働者に関する統計は少ない[6]。特に公式統計となると、滞在許可を得ないままに入国して非合法の就労を行う季節労働者が大半が故に正確な調査は困難な状況にある(Kalantaryan et al. 2020: 5)。とはいえ、数十万人程度のアバウトな把握は行われており、EU全体では80万~100万人、フランスでは20万人、ドイツでは30万人、英国では10万人、スウェーデンでは3,000~5,000人と推計されている[7]。ちなみに、イタリアは正規就労者が37万人、不法就労者(推定)の20万人と合わせて57万人である[8]。

 また、Eurostat(2016)が示したEU加盟28ヵ国(当時)の農業における非正規労働者数と全労働者の割合(図1)においても、イタリアの非正規労働者数は欧州一なのである。全労働者における割合においてもイタリアは20%近くを占めており、軒並み10%を超えている西欧諸国の中でも特異な存在と言えるであろう。イタリアの数字については他国と比べてみても、農業を非正規雇用に依存していると理解できる。

(図1)EU加盟28ヵ国(当時)の非正規農業労働者数・全労働者との割合(Eurostat 2016)

 国別の農業季節労働者数ではイタリアが圧倒していたが、地域別に見ていくとまた違った結果が現れる。Maucorps et al.(2019)によれば、農業労働力に占める季節労働者の割合(図2)において、イタリアでも特に南部において季節労働者の割合が20%を超えていると読み取れる。

(図2)農業労働力に占める季節労働者の割合(Maucorps et al. 2019)

 他の西欧諸国では、例えば英国やスペインのように北部と比べて南部の方が季節労働者の割合は高まっており、南北の農業基盤の差異が見て取れる。

 このように、季節労働者の需要が高まっている西欧諸国において、特にイタリアが先陣を切っている要因は、第一に農業経営者の高齢化が挙げられる。農畜産業振興機構が示したEU圏内の農業経営者の国別・年齢別一覧(表1)によると、イタリアは65歳以上の割合は37.2%となっており、ポルトガルの46.5%、ブルガリアの37.3%に次いで3番目に高齢化が進んでいるのである[9] 。しかし、34歳以下の割合においてイタリアは5.1%となっており、他のEU加盟国と比べても若年層の経営参画においては平均的な位置にある。

(表1)農業経営者の国別・年齢別一覧(中野・大内田 2016)

 第二に考えられるのは家族形態での就農が減少していることである。(表1)の34歳以下の割合を見ても、EU加盟国全体で若年層への世代交代が進んでいないことが読み取れる。後継者が不在であれば、伝統的な家族経営は断念せざるを得ない。Maucorps et al.(2019)が示した以下の(図3)によると、2000年代から農場保有者自体が減少しているが、特に家族内の農業従事者が10年で激減しているのは特筆すべき事項であろう。一方で非家族労働者が横ばいを維持し、また非家族・非正規労働者の減少も0.5%で済んでおり、家族経営から季節労働者を雇う資本主義的経営へと移行していると考えられる。

(図3)EU加盟27ヵ国の農業従事者の推移(Maucorps et al. 2019)

 EUは共通農業政策(CAP)に取り組んでおり、また加盟国も個別に農業振興政策を採用している。イタリアは青年農業者助成に予算の79.3%を割いており[10]、他国と比べても後継者育成に力を入れているが、(表1)の34歳以下の割合を見れば功を奏したと喜ぶのは早いのである。

 以上のように農業従事者の高齢化や後継者不足により雇用の調整弁として季節労働者が用いられてきたのが西欧諸国の現状である。特にイタリアは南部を中心に季節労働に頼っており、コロナ禍による労働者不足は死活問題になると予想できる。

移民の就労実態と農業の従事状況

 季節労働には滞在資格が正規であるか不法であるかを問わず数多くの移民が動員されている。イタリアにおける移民研究は女性の家事労働がグローバル・ケア・チェーンの観点から考察されてきたが、一方で男性の就業形態にはあまり注目が集まってこなかった。それは移民となるのは主に男性で、女性はまれであるという旧来のジェンダー観に由来するのかもしれないが、とはいえやはり移民男性は出稼ぎ労働者であることだけに焦点を当てすぎて、定住後の経過観察が十分になされてこなかったとも考えられる。

 ともあれ移民のジェンダーによる就業形態の差異について取り上げることで性別特有の労働問題や農業を巡る現状が展望できるかもしれない。ロンバルディア州における移民の労働市場を分析したRiva & Zanfrini(2013)が示した職業に占める男女の割合(図4)によると、製造業や建設業、農業といった単純労働(非熟練労働)には男性が従事する一方で、飲食業や家事サービス業といったサービス業には女性が従事する傾向が見られた。

(図4)職業に占める男女の割合(データは2011年、Riva & Zanfrini 2013)

 ただ、この傾向は数多くの先行研究で指摘され、他国でも同様に生じている現象である。ここで問題とすべきなのは、滞在期間と職業従事率の関係性(図5)である。男性の場合、製造業は滞在期間が長期化するにつれて職業従事率は上昇していくが、逆に農業は滞在期間が短期化すると職業従事率は上昇する代わりに長期化すると下降する傾向にある。つまり、滞在期間が長期化すれば農業から他の業種への転職が増加するのである。一方で女性の場合、家事サービス業と農業は滞在期間の長期化によって職業従事率が下降線を辿っている。ただ、家事サービス業の他に介護サービス業に従事する者も少なからずいるため、特定の業種の中で高賃金を求めて職業移動する傾向にある。

(図5)滞在期間と職業定着率の関係性(データは2011年、Riva & Zanfrini 2013)

 ではなぜ滞在期間の長期化で農業の職業従事率は減少に転じるのであろうか。確かに農業は機械化が不十分であると重労働になり、季節労働者として働いていても年を取ってしまえば使い物にならなくなってしまう。だが、ある程度肉体労働が求められる製造業が滞在期間の長期化で職業従事率が上昇していることを踏まえると、単に世代の問題では片付けられない。製造業や家事サービス業と比べて農業が魅力に乏しいのは労働環境の悪化や劣悪な雇用条件、賃金格差が背景にあるのではないだろうか。

農業季節労働者の労働環境

 日本においても外国人技能実習生の人権侵害が問題となっているが、イタリアにおいても農業季節労働者を取り巻く労働環境はお世辞にもよいとは言えない。南イタリアのトマト農園で働く季節労働者の窮状について取り上げたニュース記事を以下に一部引用する。

移民の大半は、暴力、貧困、無秩序が蔓延する町外れのスラム街で暮らしている。イブラヒムはそこを逃げ出し「サンカラの家」へやって来た。移民たちの環境改善を目指すコミュニティプロジェクトだ。
ここには約200人が暮らしているが、それはこの地で働く移民労働者のほんの数パーセントにすぎない。二段ベッド、シャワー室、温かい食事が提供されて「生活レベルが上った」と喜ぶ彼らの姿から、この地の農業労働者の窮状が浮き彫りになる。

引用:「イタリア産のトマトソースは経済移民の奴隷的な苛酷労働で作られている!?」 THE BIG ISSUE ONLINE 2018年10月9日
http://bigissue-online.jp/archives/1072685707.html

 季節労働の主な担い手となっている移民の一事例ではあるが、最低限の生活が維持できる「二段ベッド、シャワー室、温かい食事」だけで大喜びをしていることからも分かるように、まさに奴隷と遜色ない労働を強制されているのである。

 農業季節労働者への人権侵害が表面化したことで、遂に2018年10月、国連人権理事会がイタリアの農業労働の実態を調査することになった。調査報告書を読み進めると、深刻な人権侵害の実態が暴露されたことが分かる 。例えば、1時間働いてたったの3ユーロ、10~12時間働いて20~30ユーロしか支払われず、労働に見合った賃金が支給されていなかったり、またスラムに集住させられて公的医療制度を受けられないというまさに「タコ部屋労働」を強制された事例も存在する。また、サブサハラアフリカ出身者への人種差別も見受けられ、遠い異国で移民たちは劣悪な労働条件と人種差別に苦しみながら筆舌に尽くしがたい農業季節労働に従事させられているのである。

おわりに

 イタリアは他の欧州諸国と比べても農業を季節労働者に依存してきた。農業従事者の減少や農業経営の変化に伴って、季節労働者の重要性は年々増しているはずである。にもかかわらず、季節労働者たちは劣悪な労働環境や人種差別に苦しめられ、国際問題と化したのも一昨年と非常に遅かった。2016年にイタリア議会では季節労働者に不当な労働を行わせた農家や雇用担当者に対して最長8年の懲役を科す法案が可決された。しかし、季節労働者の立場からすれば、もし査察官に正直に事情を話して職を失うくらいなら、たとえ劣悪な環境にいたとしても我慢するであろう。遠い異国で職にあぶれてしまえば、生きることも難しくなってしまう。このような構造的暴力に支配されたことで季節労働者は物言えぬ存在となり、人権侵害の実態は不可視化され続けてきたのである。

 だが、コロナ禍によって農業季節労働者の価値は高まっている。比較的保守的で慎重な移民政策を取ってきたイタリア政府が大胆にも不法移民を「合法化」してまで人材確保に努めていることからも理解できるように、もはや季節労働者なしには農業が立ちいかなくなっているのがイタリアの現状なのである。コロナ禍を契機に労働環境の改善は進むかもしれない。しかし、コロナ禍の人手不足は国境を自由に超えられるようにならない限り改善しない。第2波がいつ訪れるのか戦々恐々の欧州諸国が簡単に国境封鎖を取りやめるとは考えにくく、また離農が進むかもしれない。つまり農業季節労働者の重要性が高まる一方で、需要自体は元に戻らず減少へと転じる恐れもある。今後の動向に注目していかねばならない。

脚注

[1]FAO(2020)Migrant workers and the COVID-19 pandemic http://www.fao.org/3/ca8559en/CA8559EN.pdf
[2]「旬のアスパラガスも畑で腐って… 欧州、コロナで農業の人手不足が深刻」『東京新聞』2020年5月6日
[3]Bellanova:“L‘agricoltura ha bisogno degli immigrati. Senza manodopera raccolti a rischio”, La Repubblica, April 6, 2020, retrieved July 9, 2020 https://www.repubblica.it/politica/2020/04/06/news/bellanova_agricoltura_immigrati_circo_massimo-253267879/?ref=search
[4]「不法移民の就労許可検討 コロナで農家人手不足―イタリア」時事通信ドットコムニュース 2020年04月21日
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020042100686&g=int
[5]例えば、イタリア政府が本格的に入移民に対して政策を講じるようになったのは1990年以降のことである(秦泉寺 2010)。また、イタリア統一150周年記念事業の一環で開館したジェノバにある国立移民博物館(Museo Nazionale Emigrazione Italiana, 通称MNEI)では大半のブースが出移民に関する展示であり、入移民に関する展示は最後のブースに52枚の写真パネルを載せただけであった(秦泉寺 2016)。
[6]Effects of Coronavirus on Agricultural Production – a First Approximation (part 2), ARC2020, April 6, 2020, retrieved July 17, 2020 https://www.arc2020.eu/effects-of-coronavirus-on-agricultural-production-a-first-approximation-part-2/
[7]「(コロナ危機と世界)欧州農業、途絶えた出稼ぎ イギリス・フランス・イタリア」『朝日新聞』2020年6月14日
[8]Augère-Granier, Marie-Laure(2021)Migrant seasonal workers in the European agricultural sector pp.2-3.
[9]中野貴史・大内田一弘(2016)「EUの新規就農支援の状況」『砂糖類・でん粉情報』2016年5月号 農畜産業振興機構 pp.67-68.
https://www.alic.go.jp/content/000124988.pdf
[10]石井圭一(2009)「共通農業政策の財政と加盟国の農家経済」『主要国の農業情報調査分析報告書(平成20年度)』農林水産省 pp.89-90.
https://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kaigai_nogyo/k_syokuryo/h20/pdf/h20_europe_04.pdf

参考文献

中野貴史・大内田一弘(2016)「EUの新規就農支援の状況」『砂糖類・でん粉情報』2016年5月号 農畜産業振興機構 pp.66-77.
https://www.alic.go.jp/content/000124988.pdf
Maucorps et al.(2019)The EU farming employment: current challenges and future prospects, European Union Policy Department for Structural and Cohesion Policies pp.37-59. https://www.europarl.europa.eu/RegData/etudes/STUD/2019/629209/IPOL_STU(2019)629209_EN.pdf
Riva & Zanfrini(2013)The Labor Market Condition of Immigrants in Italy: The case of Lombardy, Revue Interventions économiques retrieved July 9, 2020 https://journals.openedition.org/interventionseconomiques/1987
UN HRC(Human Rights Council)(2019)Visit to Italy - Report of the Special Rapporteur on contemporary forms of slavery, including its causes and consequences
「(コロナ危機と世界)欧州農業、途絶えた出稼ぎ イギリス・フランス・イタリア」『朝日新聞』2020年6月14日
「旬のアスパラガスも畑で腐って… 欧州、コロナで農業の人手不足が深刻」『東京新聞』2020年5月6日
「不法移民の就労許可検討 コロナで農家人手不足―イタリア」時事通信ドットコムニュース 2020年04月21日(最終閲覧:2020年7月17日)  
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020042100686&g=int
「イタリア産のトマトソースは経済移民の奴隷的な苛酷労働で作られている!?」 THE BIG ISSUE ONLINE 2018年10月9日(最終閲覧:2020年7月9日)
http://bigissue-online.jp/archives/1072685707.html
Bellanova:“L‘agricoltura ha bisogno degli immigrati. Senza manodopera raccolti a rischio”,
La Repubblica, April 6, 2020, retrieved July 9, 2020
https://www.repubblica.it/politica/2020/04/06/news/bellanova_agricoltura_immigrati_circo_massimo-253267879/?ref=search
COVID-19 measures could cause ‘devastating’ labour shortage in EU farming, EURACTIV, March 25, 2020, retrieved July 17, 2020
https://www.euractiv.com/section/agriculture-food/news/covid-19-measures-could-cause-devastating-labour-shortage-in-eu-farming/
https://www.croceviaterra.it/diritti-dei-lavoratori-agricoli/migration-and-agricultural-labour-force-in-italy-and-europe/
https://www.infomigrants.net/en/post/20422/over-one-third-of-farmworkers-in-italy-are-foreigners

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