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中古レコード店スタッフが一生ものの音楽と出会ったはなし

誰もが<一生ものの音楽>に一度は出会うことでしょう。

大学1年生のある日、筆者はヒップホップに恋をしました。体育の授業でエアロバイクを漕いでいるとミニコンポから音楽が流れてきて。ノリノリで爽快、それでいてお洒落でもあり。その頃の私にはあまり耳馴染みのない雰囲気の音楽でした。それはどうやらFMラジオ番組だったようで、曲が終わると女性のMCが「お聴きいただいた曲はLL・クール・Jで『パラダイス』でした」と紹介。体のなかから熱いものがふつふつと込み上げてくる。あの衝撃は忘れもしません。というのも、当時18歳の私はそれまで「自分は一体どんな音楽ジャンルが好みなのか」と自問自答と模索を繰り返す日々。音楽自体は大好きなものの、どんな音楽が好きかといわれたら答えられず。ただ、ヒップホップをはじめて聴いて「これだ!」と思いました。

それから20年もの歳月が経過。中古レコード店で仕事をする私は、ジャズのレコードの鑑定をしたりしますが、ヒップホップだって今も大好き。1日中楽しめるほど私にとって大切なものになりました。みんな誰だって<青春時代を彩ったBGM>には思い入れが強くなるもの。どんなジャンルであれ曲をテレビやネットで耳にすれば、その時の思い出がフラッシュバックすることもあるでしょう。それだけ人の記憶に結び付く、そして人を虜にするチカラが音楽にはあるんです。

今回の記事では、ヒップホップを聴きはじめの頃に私がインスパイアされた名作をご紹介。音楽ってやっぱり最高ですよね。

文:福田俊一(Ecostore Records)


※姉妹店Face Records ONLINESHOPが取り扱うヒップホップ レコード商品はこちらのバナー画像のリンク先から


Asheru and Blue Black Of The Unspoken Heard / Soon Come…(Seven Heads, 2001年)


<The Unspoken Heard>はMCであるアシェル、MC兼プロデューサーのブルーブラックというワシントンDC出身の2人からなるユニット。90年代半ばから活動を開始し、アンダーグラウンドレーベル《Seven Heads》から本作「Soon Come…(2001年)」「48 Months(2003年)」というアルバム2枚をリリースしました。デビューアルバムでもある本作の楽曲プロデュースに迎えたのは、ジャジーヒップホップを代表するユニットであるローン・カタリスツからJ・ロールズ、Ge-ology、カリフォルニアのデュオ=ザ・サウンド・プロバイダーズ、88-Keysといった面々。収録曲ではジャズのヴィブラフォン奏者カル・ジェイダーの「モーニング」をうまくサンプリングした「Truly Unique」、オスカー・ピーターソン・トリオ+シンガーズ・アンリミテッドによる「いそしぎ」をネタにした「Elevator Music」など、随所にビート職人の巧さが光る優れたパフォーマンスを収録。2000年代初頭当時、トレンドでもあったモダンジャズをサンプリングすることで心地よく耳に馴染んでくるジャジーなビートが作品の全編を通じて堪能できます。

MCのアシェルは97年から故郷ワシントンD.C.の学校で教鞭をとっており、アートの指導によって後進育成に励む一方で<Educational Lyrics>という出版社も設立。ヒップホップの歌詞を読み解くことを通じて批評的な意見を持ち、文化の多様性を学生に伝える教材を制作しているそうです。彼の公式SNSアカウントには学校の教室で生徒とともに映った写真がいくつも投稿されていて、20年以上ものキャリアを持つベテラン教師としての側面も垣間見ることができます。そんな彼が卓越したライムミングスキルで繰り広げるストーリーテリングの世界。アングラ界の豪華プロデューサー陣の良質ビートも相まって、唯一無二。とてもハイセンスな楽曲を展開します。


Camp Lo / Uptown Saturday Night(Profile, 1997年発表)


キャンプ・ローはニューヨーク・ブロンクス出身のサニー・チーバとギーチー・スエードからなるヒップホップデュオ。97年に発表したデビューアルバムが本作『Uptown Saturday Night』でした。パッと見てどこかで見覚えのあるジャケット。そう、アートワークはマーヴィン・ゲイの76年発表アルバム『アイ・ウォント・ユー』でのアーニー・バーンズのイラストを彷彿とさせます。本作のジャケットをデザインしたのはグラフィティ黎明期から活動するアーティスト、Dr. Revoltという人。米国の音楽専門TVチャンネル<MTV>のヒップホップ番組「Yo! MTV Raps」、彼はあのロゴをデザインした人物でもあるんだそうです。

楽曲はといえば、作品の大半をプロデュースしたのがSkiことSki Beatzであり、ゲストMCにはデ・ラ・ソウルからトゥルーゴイ・ザ・ダヴも参加。どれも良い時代の色香漂わせる素晴らしいビートですが、中でもカーティス・メイフィールドの「トリッピン・アウト」をサンプリングした「Black Nostaljack AKA Come On」のほか、「Luchini AKA This Is It」、ジャズのヴィブラフォン奏者カル・ジェイダーの「レイト」を元ネタにした「Sparkle」といった曲の人気が高く有名。ヒップホップ黄金時代といわれる90年代に産み落とされた本作、内容の良さは当時もいまもヒップホップファンが保証済みです。


Common / Like Water For Chocolate(MCA, 2000年発表)


シカゴが生んだリリシスト、コモンの代表作がこれ。彼にとって4枚目のアルバムとなったのが『ライク・ウォーター・フォー・チョコレート』。《MCA》という大手レーベルからのリリースとなり、発売初週で7万枚というセールスを記録しました。音楽制作面ではエグゼクティブプロデューサーをザ・ルーツのドラマー=クエストラヴ(?uestlove)が務め、R&Bシンガー・ディアンジェロやトランペット奏者ロイ・ハーグローヴのほか、ヒップホッププロデューサーであるJ・ディラなど豪華な面々によって結成されたグループ<ソウルクエリアンズ>が強力にバックアップ。収録曲ではボビー・コールドウェルの「オープン・ユア・アイズ」をサンプリングしたラヴソング「ザ・ライト」、そしてトップクラスの実力を持つプロデューサー=DJプレミアのビートでラップする「ザ・シックス・センス」が人気。ヒップホップ界屈指のストーリーテラー(物語の語り手)が展開するリリックはまるで一大絵巻物。発表から20年経ちますが依然として評価が高く、これからも傑作として語り継がれてゆくであろう一枚。

また、アートワーク写真に映るのは、「COLORED ONLY(有色人種専用)」と書かれた水飲み器、そしてそれでのどを潤すアフリカ系アメリカ人の女性。これは1956年にアラバマ州で撮影された写真で、アフリカ系アメリカ人を取り巻く公民権運動および貧困問題に関連した報道写真で有名になった写真家ゴードン・パークスが撮ったもの。『ライク・ウォーター・フォー・チョコレート』というタイトルはメキシコの同名小説から取られたそうですが、ジャケットを見てわかる通り《アフリカ系アメリカ人にとっての水のように》という意味合いも。人種差別に対するメッセージ性を強く感じさせます。


Mos Def / Black On Both Sides(Rawkus, 1999年発表)


ブルックリン出身のMC、モス・デフ。ラッパーとしての彼のキャリアは96年に3人組グループ、アーバン・サーモ・ダイナミクス(Urban Thermo Dynamics:UTD)を結成したことに始まります。その後、他のミュージシャンへの客演参加や自身の楽曲発表を重ね、98年には盟友タリブ・クウェリとのデュオ=ブラック・スターを結成。ニューヨークのアンダーグラウンド・レーベル《ロウカス》から同名作を発表するとファンから大きな人気を獲得しました。

そんなモス・デフが満を持してリリースしたファースト・ソロ作がこの『ブラック・オン・ボース・サイズ』。楽曲のプロデュースは、ダイアモンド・D(D.I.T.C.)、DJプレミア(ギャングスター)、サイコ・レス(ビートナッツ)、Mr. Khaliyl(ブッシュ・ベイビーズ)、アリ・シャヒード・ムハマド(ア・トライブ・コールド・クエスト)ら錚々たる面々が担当。また、ゲストにはバスタ・ライムズ、Qティップを迎えたほか、演奏ではなんとジャズ鍵盤奏者ウェルドン・アーヴィンも参加。豪華プロデュース陣が作ったドープなビートに、アーヴィンによるキーボード演奏の旨みが加わり全編最高の仕上がり。65年にシングル盤レコードでのみリリースされたアレサ・フランクリン「ワン・ステップ・ビヨンド」をうまくサンプリングした曲「ミス・ファット・ブーティ」、88-Keysによるタイトなドラミングのうえで響くメロウなループが印象的な「ラヴ」など良曲揃い。リリシストとしてヒップホップ界に今なおトップクラスに君臨するモス・デフによる名刺代わりのド級の1枚。本作は彼のファーストアルバムにして90~00年代東海岸を代表する名盤のひとつとして高い評価を得ています。

多彩な彼の活躍はライミング(ラップ)だけにとどまらず。同作以降、継続して自身のアルバムを制作するほか、他のミュージシャンの楽曲にも多数客演参加。加えて、91年に映画『ハード・ウェイ』に出演したのを皮切りに、幾度となく映画・テレビに出演。モス・デフはラッパーとしてだけでなく、俳優としても活躍しているアーティストなんです。


LL Cool J / 10(Def Jam, 2002年発表)


ヒップホップ黎明期、84年にデフジャムと契約したMC=ジェームズ・トッド・スミスことLL・クール・J。その名は<Ladies Love Cool James(超カッコいいジェームズに女の子はみんな惚れる)>の略。ヒット作を続々と発表しラッパーとしてのキャリアに花を咲かすほか、数々の映画にも出演し多才さを存分に発揮した。そんな彼が2002年に発表した10枚目のアルバムが本作、タイトルはそのまま『10』。ジェニファー・ロペスやP.ディディーなどのゲストを迎えたほか、人気デュオ、ザ・ネプチューンズやポーク&トーンらをプロデューサーに招聘。ときにB-Boyの生きざまを、ときに女性を口説くメロウなラヴソングをスピットする。ヒップホップの作品では当然のごとくアートワークにあり、勲章のように輝く(?)《PARENTAL ADVISORY: EXPLICIT CONTENT(不適切な表現を含む)》という注意書きですが、本作にはそれがない。その理由は、当時10代前半だった彼の息子にもアルバムを聴かせられるよう、放送禁止用語は一切使わなかったのだとか。くぅ~、かっこいい…♥ 収録曲の「パラダイス」は韓国人の血筋を引くR&Bシンガー、エイメリーの唄声が力強くノリノリな楽曲。大ネタ=ケニー・バーク「ライジン・トゥ・ザ・トップ」をサンプリングしたテンポいいビート、そして心地よいフロウで展開するラヴソング。誰もが惚れる男、そう、それがLL・クール・Jなんです。


Nelly / Nellyville(Universal, 2002年)


筆者が大学生の頃の大ヒットアルバム。通学中にMDでイヤというほど聴きました。…なんて話はさておき。

南部テキサス州オースティン出身のMC、ネリーの2ndアルバム。2002年発表作。当時 飛ぶ鳥を落とす勢いのデュオ=ザ・ネプチューンズやジャスト・ブレイズらをプロデューサーに据え、ジャスティン・ティンバーレイクなど熱いゲスト陣を迎えた1枚。本作のハイライトはザ・ネプチューンズ節炸裂のビートで歌う「ホット・イン・ヒア」、そしてデスティニーズ・チャイルドからケリー・ローランドとのデュエットとなるメロウな「ジレンマ」でしょう。この曲のリリースから20年以上(!!)経ったいま、B-Boyが突然 無性に聴きたくなるアルバムがこの『ネリーヴィル』。スマホ使ってサブスクでいつでも聴けますが、せっかくならレコードに針落してじっくり噛みしめて聴きたいものです。



ヒップホップ作品を初めて聴くかたも、当時を思い出してよく聴くかたも、素晴らしき音楽はぜひレコードで楽しんでください。

筆者紹介:
福田俊一(ふくだ・しゅんいち)
FTF株式会社 制作部/販売部 兼務。買取部門のコラムやnoteのほか、SNSなど販売促進を担当。大学卒業後にレコード収集に興味を持ち、約15年かけてジャズレーベル、ブルーノートの(ほぼ)すべてのLPをオリジナルで揃えた。

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