🎥シネマ歌舞伎『沓手鳥孤城落月（ほととぎすこじょうのらくげつ）/楊貴妃』を観ました

　2022年2月5日　　
ＭＯＶＩＸ柏の葉　にて

“新歌舞伎”と“舞踏劇”

今回のシネマ歌舞伎では、板東玉三郎さんが主役をつとめる演目がふたつ上映されました。
共に2017年に歌舞伎座で上演されたものです。

「沓手鳥孤城落月」の方は坪内逍遥作、シェークスピアから劇作法を学んだとされています。

さて、もう一方の「楊貴妃」は夢枕獏が作詞した舞踏劇。
夢枕獏自身が一ファンを公言するという玉三郎さんのために書き下ろしたとされる作品です。
どちらも歴史の彼方で壮絶な運命を生きた女性の物語です。

沓手鳥孤城落月

玉三郎さん演ずるのは“淀の方”。
徳川家康に攻められ落城寸前の大阪城内での緊張した場面から始まります。

淀の方はいよいよ追い詰められ、精神が崩壊していく有様がいかにも怖い。絶望や怒りで平常心を失い、「憤怒」という言葉がふさわしい姿になり果てるその女主の姿は、しかし気品や哀れさもまとっていて、また一つ知ることのできた玉三郎さんの世界でした。

そんな淀の方を中心に、様々な立場の女性たちが登場します。
歴史の中の話とはいえ、このまま城が攻め落とされたら、城に残っている女性たちなどはどうなってしまうのだろうかと、不安な展開におびえながら見てしまう私。

この時代の命のやり取りは今からは考えられないような価値観の中で動くもの、でも恐怖や不安は今の私たちと変わらないでしょうに。

奥女中常盤木（ときわぎ）

常盤木は、お松という女中に身をやつしていましたが、実は豊臣秀頼の妻である千姫（家康の孫）奪還の任務を帯びた徳川側のスパイ。
中村児太郎さんが演じます。

同じく徳川家と通じていた小車の局が千姫を連れ出そうとするところを見とがめられ、淀の方に槍で切り殺されてしまいます。
ワー、びっくり。そんなことするなんて。
外から攻められているというのに、城の中でも大変なことになっています。

常盤木も拘束されて、すべてを白状させてやろうとする鬼のような淀の方の前で舌をかみ切って自害。
こちらも壮絶。児太郎さんの凛とした表情が印象的でした。

饗庭の局（あえばのつぼね）

一方、真の心で淀の方に仕えているのは、饗庭の局。
中村梅枝さんが演じています。
淀の方と秀頼の助命嘆願を考え、千姫の引き渡しを提言すると、逆に淀の方の怒りを招き、裏切り者呼ばわりされてしまいます。
そんな主に懸命に自分の心情を伝えようとするまっすぐなところ、
中村梅枝さん良かったです。

千姫

しかし、中でも一番印象に強いのは私にとっては千姫でした。
華奢（きゃしゃ）という言葉がぴったり。
中村米吉さんが演じています。

「華奢」を調べると、か弱く、繊細、細身、優雅、容易く損なわれやすく、大切に扱わなくてはと思わされる、頼りない様子・・・とドンピシャリ。

手引きされて城を出ようとするところを淀の方に見つかり、大変なお仕置きを受けてしまいます。
引き倒されるは、打ち据えられるは、罵られるは！

淀の方と千姫の対比が、剛と柔という形で浮き出て、それぞれを引き立たせた感じにもなるのでしょうか。

当時19歳ごろと想定される千姫です。
人質同然に大阪城に輿入れした当時は7歳でした。
それでも秀頼とは仲睦まじかったとか。
一度は秀頼らと共に城での自刃（じしん）を覚悟したとされる千姫ですが、秀頼の助命をかけて城を立ち去ることに。
しかし、徳川には豊臣一族の断絶あるのみで、秀頼を助ける気持などあろうはずもありません。

秀頼の側室の男子、国松も8歳で斬首となる、そんな時代です。
秀頼の7歳の娘、奈阿姫は千姫の助命嘆願が通じ、寺に入ることで命を救われます。

その後の千姫については劇中にはありませんが、すすめられた公家との再婚を断り、本田忠政（ほんだただまさ）と再婚。
領民から「播磨姫君」と称されて敬愛されるものの、その夫も31歳の若さで病死。
その後は、仏門に入り、天樹院として二人の夫の菩提を弔ったといいます。

鎌倉東慶寺の天秀尼(奈阿姫)を援助したり、娘の勝姫が嫁いだ先の岡山が大洪水と大飢饉に襲われた時には資金調達に奔走して20万人もの人を助けたとも。
享年70歳。
こんな時代の人としては長い人生、しかしその分味わわなけらばならなかった姫の心の苦悩を思うと胸が詰まります。
いっそ死んでしまった方が楽なのにと思ったことは無かったろうか。
多くの人々の死に様を見送りつつ、千姫の祈りはどこに向かっていたのか。大義のため、名誉のため、アッパレと言って我が子を殺し自らも命を絶つような、そんな考え方はおかしいと考える人ではなかったか。
死でもって何かをなそうとするのではなく、苦しい人に寄り添い、慈悲の心で数多の人を助けるためにその生を活かす人であったのではないか。
他人からの責め句もさることながら、自らを責める心がまた姫をとらえ、苛やまされていたのではないか。
でも千姫の生き方の方が辛くともあるべき姿ではないかと思う。
そんな千姫に共感を覚える作品となってしまいました。

その最後

秀頼は、錯乱して正気を失った淀の方を見かねて、そんな母を殺して自身も自害しようとしますが、周囲の者に止められます。
豊臣家再興の望みをかけてのことでした。

本来なら、天守に登り、潔く切腹…と思っていましたが、主将は死に急ぐべからずと進言され、最後、糒庫（ほしいぐら）という土蔵へと身を隠すのです。

しかし、天守が焼け落ちた翌日、そとから鉄砲でうちかけられ、もはやこれまでと、秀頼、淀の方、それに付き従う者たち29名が自害して果てます。
秀頼享年、23歳、淀の方は50歳でした。
夏の陣では5万とも言われる大阪方がいたのに最後は29人。

栄華を誇った豊臣家の哀れな幕引きでした。
大阪城内には「豊臣秀頼 淀君ら自刃の地」の石碑が建っているそうです。

楊貴妃

亡くなった楊貴妃が忘れられない玄宗大帝。
その玄宗に命じられ、方士（古代中国で法術を行う人）が蓬莱山の宮殿でその魂を呼び起こす・・・というもの。
蓬莱山とは想像上の神山だそうです。

楊貴妃役の玉三郎さんと、方士役の中車さんだけが登場人物。
夢かうつつか、美しい姿そのままの楊貴妃が現れ、玄宗大帝への思いを方士に伝えます。
そのたおやかで優美な舞い。
楊貴妃の動きや化粧には京劇の影響が色濃く、独特の世界観です。

真珠の暖簾（のれん）の向こうから楊貴妃が姿を現す登場シーンが神秘的で優美。
この真珠の暖簾は、現世と来世の境目でしょうか。
最後も楊貴妃は再びこの暖簾の奥に吸い込まれるように消えていってしまいます。

『天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝となりたい』と共に誓い合い、いつの世にも離れることのない夫婦であることを願った玄宗。
しかしここでも戦乱の世の習いで・・・王朝の命脈を守るために泣く泣く楊貴妃の死刑を決断するのです。

ここで楊貴妃、毅然とした態度で「国の恩に背く結果となったので、殺されても恨みませんが、最後に御仏を拝ませてくださいませんか」といって、殺されてしまいます。
そんな死の末でも、本当に恨み言もなく、まっすぐに人を愛せるってどういうことなんだろう。

思い出の品の黄金のかんざしを方士に預け、その一部を自分の手元に残します。そうして強く想い合えば、天上と人間界に別れた二人も、必ず会うことができるでしょうと。

このかんざしを受け取った時の玄宗を思うと、私はつくづく幸せな人であるなぁと思ってしまいます。

千姫や楊貴妃の心の強さ＝愛の深さに敬服するばかりです。