ECO PLANT(対話篇) その1
ECO PLANTって何?
パンダ:こんにちは、パンダと申します。一般人代表(いっぱんじんだいひょう)です。これからオートくんにECO PLANTについて解説してもいます。
オートくん:はじめまして、オートくんです。ECO PLANTというのは、農業を意味する造語です。農業は作物に養分を与えることをベースにしています。でも、これは見方が狭い。農業は、ECO Systme(生態系)というPLANT(生産設備)を使って農作物という製品を生産することです。ECO PLANTとして見ることで個々の農業技術は統一的観点からこれまでより効果的に活用できるようになります。
パンダ:話が難しいですよ。いきなり結論ではなく、まずは、はじまりから話してください。出会いがあったんですよね。
3人との出会い(1)永田照喜治さん
オートくん:そうです。尊敬する3人の方との重要な出会いがありました。2003年〜2005年頃の話です。各々の方とお会いした時期は少しズレますが。最初の方が、永田照喜治さんです。水に沈むトマト、スパルタ農法で一世を風靡し、その後、野菜のロールスロイスと呼ばれる高品質野菜を節水栽培で世に送り出し、全国に広めた方です。節水トマトは今や常識ですね。
パンダ:永田さんとはどういった関係でお知り合いに?
オートくん:自分は国の農業研究機関の研究員でして。もともとイネの栽培が専門だったのですが、数奇な運命を経て、北海道からいきなりタイで野菜の節水栽培を担当することになったのです。水田は水浸しですよね。ところが、赴任先のタイ内陸部は北緯15度で、半年間雨の降らない半分砂漠のような砂地です。そこで、乾期トマトの節水栽培技術を開発せよと命ぜられたわけです。
パンダ:ちょっと想像しづらい経緯ですが、専門も環境も違う。当然悩みましたよね。
オートくん:悩みました。最初は学術論文を漁りました。でも出発1ヶ月前にふと、ずーっと昔に読んだ新聞の記事が頭に浮かんだんです。「水に沈むトマト」、「100分の1の水で栽培するスパルタ農法」。市の図書館に飛び込んで探しました。すると運良く見つけられました。『緑健農法』という農文協から出版された古い本が。それで知ったのですが、スパルタ農法は特許登録されていました。特許だと無断使用はできません。そこで特許登録を確認したところ、なんと、その年に特許が切れていたんです!
パンダ:それはまた、ラッキーでしたね。
オートくん:ええ、運命を感じました。一般的な技術の節水レベルは、せいぜい3分の1、よくて5分の1ですから。なぜ、100分の1なんて常識外れの節水ができるのか?興味が湧くじゃないですか。研究というのは、好奇心が一番重要です。
パンダ:たしかに。それで、スパルタ農法の研究計画を立てたんですか。
オートくん:いえいえ、そこは内緒です。隠れてやって、うまくいったら、どうだ!と出すつもりでした。とかくアカデミーは民間技術を疎んじますからね。それで、上司ではなく、元上司に相談したところ、永田氏のことを「世を惑わす輩」と断じられました。元上司は、「現象には必ず理由がある」と教えてくれた人だったので、言行不一致は意外でした。
パンダ:それでもやってみたわけですね。やってみた結果は。
オートくん:なんと、スパルタ農法はそのままで、通用しました。それでタイからFAXを永田さんに送り、一時帰国の際にお会いしたいと伝えました。永田さんは時の人で、面会申込みが殺到していました。面会者は目の光を見て決めるという話も。永田さんは特攻隊の生き残りなんです。肝が座っている。人生の時間を無駄にしない。ご了解を得て静岡のご自宅を訪問すると、自ら畑を案内してくださり、奥様の手料理で極上野菜のフルコースをご馳走していただきました。本当にありがたいことでした。以来、野菜の基準が上がってしまったのは不幸ですが。
パンダ:幸い中の不幸ですね。それはさておき、なぜ100分の1の水で栽培できるんですか?
オートくん:永田さんは「葉から水分を吸う」と考えていました。非常識ですが、空気中の水分で光合成することは物理的に不可能なことではない。
パンダ:実際、エアープランツというものもありますね。
オートくん:ええ。なので、節水栽培トマトが葉から水を吸うか、測定しました。結果、葉から水分は吸いませんでした。普通に蒸散しました。しかし、半乾燥地帯でも100分の1の水で普通の収量が取れたのは事実。現象には必ず理由があります。
パンダ:葉から吸わないなら、根からということですね。ひょっとして、少ない水で生長できる体質に変化したとか?
オートくん:体質変化だと面白いですよね。自分もその線で研究を進めました。節水トマトの姿は『荒々しく野生化する』という話でしたし。でも測定してみると、蒸散量あたりの光合成量は節水栽培すると低下します。水ストレスで水の利用効率は低下するという常識どおりです。
パンダ:それでも100分の1で栽培できた事実は動かない。真相は。
オートくん:土壌水分です。シミュレーションソフトで計算すると、30cmの厚さの砂地に保持される水分、しかもトマトが利用可能な水分で十分生育できることが確認できました。半乾燥地帯の雨期は雨が降るので、土壌水分が満タンにチャージされるんです。
パンダ:技術開発、いらないじゃないですか。
オートくん:スパルタ農法は一つ問題があって、ビニルマルチが必須とされているんです。実験でも使いました。熱帯なので地温上昇を抑える白マルチに変えて。白マルチはタイでは流通していません。仮に入手できたとしてもタイの野菜価格は安いのでペイしません。それに、普及するには廃棄ビニルの環境問題もクリアする必要があります。
パンダ:どうやってクリアしたんですか。
オートくん:答えはマルチしない。ただそれだけです。
パンダ:やっぱり、技術開発、いらないじゃないですか。でも、マルチがいらない理由があるんですね。
オートくん:砂が乾燥すると毛管が途切れて「乾砂層」という天然のマルチ効果を発揮するんですが、その効果で十分だということが、先のシミュレーションで分かりました。このことは農家の栽培試験で実証されました。
パンダ:なるほど、「乾砂層」という特殊条件が決め手ですね。
オートくん:いいえ。粘土含量の多い一般的な農地は「乾砂層」がない代わりに保水量が大きいので、むしろ砂地より好条件であることがシミュレーションで分かりました。ちなみに、一般的な土壌は団粒化すれば乾砂層と同じマルチ効果が発揮されます。なので、条件はさらによくなります。
パンダ:では、日本も本当はマルチはいらないということですか。
オートくん:節水に関してはマルチは不要ということになります。ただし日本の場合、マルチは過湿を避ける意味もあると思われます。
パンダ:タイのトマトの品質はどうですか。
オートくん:水に沈み、糖度も通常の2倍以上高く、日持ちも断然いい。もちろん食味も。
パンダ:自分が心配することではありませんが、せめて1つでも特別な技術はありませんか。
オートくん:永田さんも強調されていますが、健苗が重要です。一般にタイの農家は苗床の苗を無造作に引き抜いて、根の切れた劣悪な苗を使います。それでも水と肥料をたっぷりやれば、ぐんぐん育つんです。しかし、節水栽培だと枯れてしまいます。日本では、苗床でなく育苗トレーを使ったプラグ苗が標準なので関係ありませんが。タイでは特別です。
パンダ:タイはともかく、健苗が常識の日本で、スパルタ農法がなぜ普通にならなかったんでしょう。
オートくん:肥料の問題です。スパルタ農法は通常の10分の1の量の肥料しか使いません。しかも1000倍に薄めた液肥で与えます。慣行農法では粒状の固形肥料を地表に撒いて、朝夕水やりをして少しずつ溶かします。つまり、土を常に湿らせておくわけです。この状態から節水すると、溶けていた肥料は濃縮されて作物の根が肥料焼けします。これは、タイで確認済みです。
パンダ:話は変わりますが、スパルタ農法は永田農法という名前でユニクロで扱われたことがありましたね。確か2001年頃。
オートくん:よくご存知ですね。自分もお試し注文して、その味に感動しました。ところが、高品質だったのは1回目だけでした。量産できなかったのだと思います。永田農法は高難度の技術でした。
パンダ:高難度の具体的中身は。
オートくん:マルチを使って節水栽培すると、根は水分を求めてマルチと土の間に広がります。土壌水分が水蒸気となって地表に移動し、マルチに結露するからです。マルチと土の間は地中に比べ、温度も水分も不安定になりやすい。その環境を安定させ、作物にストレスを与えないように管理するのは極めて難度が高い。
パンダ:「作物にストレスを与えない」というのは、スパルタ農法と逆な感じがしますが。永田さん自身の考えですか。
オートくん:永田さんから直接伺った話です。永田さんに圃場を案内して頂いている最中にふと「永田さんの農法は作物にストレスを与えないことですね」と確認したところ、即座に「そうなんです!」と。実は永田さんの本には一貫してそう書いてあるんです。それが、一般常識の目には過酷な試練を与えているように映る。
パンダ:つまり世間から見れば、ストレスを与えるのでスパルタ農法と呼ばれる。けれども本当は、作物にストレスを与えないので永田農法と呼ぶわけですね。
オートくん:ともあれ、「100分の1の水」については納得できたでしょうか。
パンダ:はい。ただ、「10分の1の肥料」の方はどうなんでしょう。素人考えでは、収量は10分の1になりそうなものですが。
オートくん:収量はほば同じです。しかし、現象には必ず理由があります。それは2人目の出会いにつながります。
(つづく)