悪い奴は誰だ 3
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机に突っ伏していると、登校してきた岡村に挨拶ついでに声をかけられた。
身体を起こすと、鞄をかけながら心配そうな目を俺に向けてくる。
「大丈夫か?」
「平気だよ。ただの寝不足」
大丈夫と聞かれると平気と答えるのがテンプレートだ。実際、今日の睡眠が快適でなかったのは嘘じゃない。
「何か悩み事か?」
なかなかに鋭い質問だ。
茶化すこともできたはずなのにそう聞いてくるということは、俺はよっぽど悪いように見えているらしい。
「悩み事なら常に山積みだよ」
俺の答えにまだ教室に来ていない花柴の席をちらりと見る限り、岡村の彼女に対する悪い意味での信頼を見た気がした。
「山積みか。それなら、手近なやつから解決するのが一番だよな。俺でよかったら相談に乗るぞ?」
ホームルームまで時間があるのを確認してから、岡村が俺の隣に座った。
何度も怒られているのに懲りずに花柴の席に座るのは、何か意味があるんだろうか。
「それ、女に関する相談にも乗ってくれるの?」
「えっ、なに、お前、カノジョできたのか! そっちの悩みかよ! そこはカノジョができた報告からだろ!」
酷い、裏切り者と岡村が頭を抱えている。女の相談=カノジョと想定する単純な思考は童貞らしくて嫌いじゃない。
「カノジョじゃないし、そもそも恋愛の悩みじゃないよ」
「そうか。よかったー、じゃなくて! それ以外に何があるんだ!」
「いや、花柴って豪打と付き合ってるのかなって」
思いつきで言ったのだが、あからさまに岡村が顔をしかめた。
「……あの二人、またつるんでるのか」
「またってことは、前はそうだったの?」
「一時期だけな。付き合ってるって噂はあったけど、俺からすれば利害関係が一致した時だけ一緒に行動してただけに見えたよ。松毬はなんでそう思ったんだ?」
いつもなら花柴に会うタイミングで豪打に会ったのを考えると、二人が会っていたかもしくはそういう情報を花柴が伝えたのかもしれないと思ったのだが、意外と名推理だったのかもしれない。
「花柴と同じ匂いがしたから」
豪打の取り巻きにも女はいるが、そっちはどちらかというとバニラ系の甘ったるい匂いを好んでいる。身近な人間で花の匂いがするのは花柴ぐらいだった。
「松毬……もしかして、花柴のことが好きなのか?」
俺の発言をどう勘違いしたのか、岡村が戸惑った様子で聞いてきた。
恋愛感情という意味なら、答えはノーだ。
「二人きりで話がしたくなる程度には好きだよ」
密室で、誰にも知られずに、なおかつそこで俺が我慢しなくていいというのなら、大好きになれる自信がある。
岡村は花柴と関わる男は不幸になるといったが、俺も実際にそう思う。あれが岡村なりの忠告であることもわかっていた。
何か俺に伝えようと岡村が口を開いたところで、当事者である花柴が教室に入ってくる。
「そういう告白は直接聞きたかったところですね」
口元を隠す花柴の目が笑っているのを眺めながら、今日は随分と機嫌がいいなと思った。
「これでも俺はシャイなんだよ」
「そうですか。なら、私の方から誘ってあげましょうか?」
「さすがにみんなが見ている前で誘われるのは恥ずかしいから、後で連絡するよ」
「そうですか。では、楽しみにしています」
俺に向かって微笑んだ花柴が、複雑な表情の岡村に目を向けた。
「そろそろ退いてくれませんか?」
岡村は渋々といった様子で立ち上がる。
「……何を企んでるんだ?」
「私は何も悪いことなんてしてませんよ」
穏やかな表情で告げる花柴は、誰がどうみても怪しい。それでも彼女は本気でそう思っているし、豪打も同じなのだ。
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