いつもの学校生活 5
(目次に戻る)
授業中で誰も外にいない廊下を歩いていると、さっきよりは冷静になれた。
俯いたままの森石は黙ったまま傷を撫でている。今日はやたら触っているなとも思うが、どういう時にそうするのかは俺にもよくわかっていなかった。
森石と俺のクラスは中央階段からだと右と左で反対だった。それまで黙っていた森石に呼び止められる。
その目はいつも通りに凪いでいるのに、リュックの紐を握る手に力がこもっているように見えた。
「僕が大事にしているのは弁当だ」
何の話かと思ったが、すぐに保健室で話した話題のことだと気づく。
いわれてみれば、森石は食事だけは欠かさないし、今までまともに料理をしてなかった俺の明らかな失敗作ですら完食する人間である。家庭環境を考えるといい物を食べてきただろうに不思議な話だ。
最近になって、何でも食べるが好みがあることを微妙な反応の違いでわかるようになってきた。多少ながらそれに近づけるようにはしているが、出来ているかどうかはわからない。
「これは量産型ではないから買い直せない。今日の味は今日だけのものだ。何より僕は松毬が作る弁当が一番好きだ」
途中まで軽い気持ちで聞いていた森石の説明の最後に名指しされて、思わず変な声が出た。
「あ、そう、へえ」
うまく反応できずに中途半端に答えてしまうが、言いたいとは全部伝えたとばかりに森石は背を向けた。
それを見送って教室に戻ろうと身体を向けたが、徐々に何をいわれたか理解してくると足が止まる。
振り返ったところで森石が教室に入ったのを知っているのに、何か伝え損ねたような気がしてもどかしい気持ちになってしまった。
そこまで大事にされるような弁当を俺は作った覚えはないし、味にしたってどう考えても慣れている人間が作る物がいいはずだ。
けど、森石が好きというのなら、それ以上の意味はない。そんな嘘をつけるほど俺の同居人は器用ではなかった。
「……なんだろうな」
森石家というのは親子揃って伝えるべき感情をストレートにぶつけてくるものだから、俺は本どうしていいのかわからなくなってばかりだ。
教室に戻れば斜め前に座る岡村に「顔が真っ赤だけど大丈夫か」と小声で聞かれ、どうにもうまい答えが思いつかなかった俺は正直に「好きだって言われた」とだけ返した。
相手が花柴だと勘違いした岡村が授業終了後に俺に詰め寄ってきて、タイミングよく戻ってきた花柴を怒らせることになるのだが、俺にとってはたいしたことのない出来事である。
>続き