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サブマサウルス特集 1

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 夕飯後、森石がテレビをつける。いつもなら俺が合わせたチャンネルをなんとなくで見ているので、珍しい行動だ。
 好奇心をそそられたので、手早く食器を洗ってから飲み物を片手に移動する。膝を抱えて座っている森石の前にコップを置いてから、二段ベッドにもたれかかるようにして腰を下ろした。
 教育番組メインのチャンネルは小学生の時以来だ。画面ではアナウンサーが今日の事件や事故を伝えている。ニュースに興味があるのかと思ったが、それなら最初からつけているような気もした。

 しばらく待っているとニュースが終わり、特定の動物を毎週特集している番組が始まる。今日はどうやらサブマサウルがテーマらしい。このためにテレビをつけたのだろう。
「サブマサウルスが好きなのか?」
「サブマサウルスが好きなわけではない」
 同じ会話はこれまでにも何度かしたが、返ってくる答えは同じだ。しかしながら、森石の行動は好きとしか思えなかった。週に一回以上の頻度で入場料を払ってケースに張り付く行為は、理由がなければできることじゃない。逆に嫌いというのもあるだろうが、そんなマイナスの雰囲気を感じたことはなかった。
 かといって、嘘をついているわけでもないだろう。森石は俺の質問に対しては正直に答えてくれる。何か矛盾が生じる時は、俺の聞き方か受け取り方が間違った時ぐらいだ。仮に俺が気づいていないだけで騙されていたのなら、本気で何もかも信じられなくなりそうだった。

 サブマサウルスは別として、俺は有名な映画に出てくるような人を脅かす存在である恐竜は好きだ。
 ずっと昔に作られたその映画は、まだ恐竜は絶滅したと考えられていた時代のものだ。一つの発見と科学の発達により神様気分で生き物をコントロールしようとした人類は、その慢心によってしっぺ返しを食らう。さっきまで偉そうだった人間が逃げ惑う姿は爽快だった。何よりティラノサウルスがよかった。その巨体が揺れる度に地面が揺れ、鋭い歯の並ぶ口が開いた直後の雄叫びに空気が震える。画面の向こうであっても想像するだけで、心臓が高鳴る。ティラノサウルスを前にすれば、それまでの行いもこれからの未来もなんだったら前世だって関係ない。ただ目の前にいるというだけで、一方的に蹂躙されるだけだ。
 そういう意味では、同じ種であるサブマサウルスも人間の手に負えないぐらいに凶暴でいて欲しかった。あるいは、大人しいふりをして人間が慢心してきた頃、警備が薄くなったあの場所から脱走して欲しい。

 そんなことを考えるのは異常だろうか。いや、その程度の非日常を期待する人間は多いはずだ、多分。そうでなくても口にしなければ、俺がパニック映画のような状況を望んでいたところで、気づく人間は少ないだろう。
 意識をテレビに向ける。ちょうど、サブマサウルスの属するティラノサウルス科についての説明をしているところだった。俺にとってティラノサウルスはティラノサウルスでしかないのだが、一般人が連想するティラノサウルスは生物学からするとティラノサウルス科レックス属の恐竜のことをいうらしい。比較図が数秒ほど出たが、サイズ以外の違いはそこまでよくわからなかった。

 サブマサウルスの成体は最長で全長十ニメートルになる。体つきや骨格はレックスに共通する部分が非常に多く、無人島で発見された際にレックスの生き残りだと思われていたらしい。
 映画で見るティラノサウルス特有の凶暴性はなく、家族で群れを作り狩りを行っていることから社会性があると考えられている。生まれた時から人間に育てられたサブマサウルスは、その相手を家族だと認識する傾向が高く、人に対して敵意を持つことが少ないそうだ。犬のようにスキンシップが旺盛なわけではないが、襲ってくることはほぼないらしい。

 それはなんとなく面白くないなと思ったが、考えてみれば幼少期の環境というのは世界のすべてであったことを思い出した。もっと大きな存在や客観的に見ている人間からすればどんなに歪であろうとも、当事者としては全く違う外の世界というのは空想上の産物でしかない。

 今でも俺はそうだと思っている部分が多い。そういう意味では、環境が違えば俺が普通の男子高校生をやっている世界もあったのかもしれない。
「こんだけ姿が違うのによく家族だと思えるよな」
 人が家畜を自分の家族だというのは勝手にいってろと思うが、家畜側が人を家族だと思っているというのは傲慢ではないかと思ってしまう。
 森石がテレビから俺に視線を向けた。ほとんど独り言に近かったので驚いてしまう。
「松毬にとって、家族は姿が似ているものなのか?」
 どう答えるのが一般的には普通か考えてみるが、質問以上の意図はなさそうな眼差しに考えるのはやめた。この場には森石しかいないのだから、本音を言ってもいいだろう。

 俺はできるだけ森石の前で嘘はつかないようにしようと決めていた。最初の頃は普通を心がけていたが、この同居人は俺がそういう時に言った答えに対して何の反応も返さないのだ。見破られているのか、単純に答えの内容に興味が無かったのかはわからない。

「俺にとっての家族は母親だけだよ」
 一歩間違えるとマザコンのレッテルを貼られそうだが、俺にとっては本当にそれ以外ないのだ。
 絶対的安心を保証してくれる存在であり、俺を嫌わない相手が母親だ。ゆえに、影響力が強いともいえる。

 そもそも俺が家を出ようと思った理由も、母が俺の素行不良に対して耐えきれなくなったからだった。あそこまで母に怒られたことはなかっただけに、その時の記憶が曖昧になるぐらいには動揺した。このままだと家を追い出されかねないという恐怖を感じたぐらいだ。混乱状態になりながらもどうにか一方的に向けられる言葉を拾った結果、どうやら母の望みは普通の子どもが欲しかったというものだと気づいた。だから、普通になろうと思ったのだ。
 かといって、簡単に性格を変えられるわけでもない。そもそも普通の定義が曖昧なのだ。中途半端に関わっても悪化するだけだと思った俺は、しばらく母と距離を置くことにした。その方が母も冷静になれるはずだと考えたのだ。そうして、家を出るのが一番だという思ったからこその今である。

「そうか」
 森石はそう言って、頬の傷を指でなぞった。
「血が繋がっていても家族とは思えない人間がいるのに、これだけ違って家族なんていうのは不思議だよ」
 母と違って俺は父が大嫌いだった。家には滅多に帰らず、浮気の常習犯で、そのくせ帰ってこようものならすぐに母を暴行するような男だ。俺と目が合ったらすぐに殴りかかってくる人間が、会社では頭を下げて回っているというのだから、その二面性が気持ち悪くて仕方が無い。
「この番組でいう家族は、子育てをして信頼関係を築くのが人間の親子関係に似ているという意味しかないと思う」
 何かを確認するように目を閉じた森石がいう。

 森石のいうことには一理ある。種族が違う以上、自分で産むことができないのであれば、育てるだけでも親としての責任を果たしているといえるのかもしれない。そもそも相手が恐竜であり、視聴者にわかりやすい説明を考えれば、当然のことではあった。
「なるほどね」俺がいえば、森石が傷に触れていた手を下ろした。「森石は種族が全く違っていても家族だと思えるの?」
 俺の質問に俯いた森石は少しだけ考えた後、「よくわからない」と短く答えた。
「ただ、それに近い関係はあると思う」

 ふと、小学生の時に餌付けしていた犬のことを思い出した。渡された餌は食べるわりに最期まで懐かなかったが、関わり方が違えばそういう親子関係に近いものが俺にも理解できたのだろうか。

 液晶画面に国内最大のサブマサウルスがいる動物園が映し出される。中央にある六階建てのタワーが特徴的な場所だ。鯨土パークと違って地上を歩くサブマサウルスが鳴く。その巨大さに比べて、随分と静かな声だった。少し前の生態紹介で、サブマサウルスは威嚇よりもコミュニケーションとして鳴いていると言っていたのを思い出す。

 動物園のサブマサウルスは、繁殖期でない限り、一つの園に一頭しか存在しない。希少性の問題もあるが、維持費の高さが一番の理由と言われている。
 一頭しかいないのに誰と話す気なのかと思うが、それが家族の話と繋がるのかもしれない。だとしたら、人間側は言っている意味すら理解できないのだから可哀想な話である。
 ああ、でも。同じ人間同士でもちゃんとした会話ができないことも多いのだから、本当に可哀想なのは人間なのかもしれなかった。

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