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ハッピーエンドは望まれない1
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事件の翌日、生徒指導室に呼び出されて、豪打の件を色々聞かれた。
俺は保健室で森石が語った程度のことだけを説明し、他に余計なことは言わずにおいた。後で聞いたところ、花柴も同じだったようだ。
豪打たちは大きな怪我もなく、自分たちが悪いのだとちゃんと主張したらしい。何か森石に冤罪をかけるかと思ったが、あれだけされたら思うところもあるのだろう。それでも森石が窓を割ったのは事実である。
職員会議の結果、森石が停学処分になったので俺はしばらく森石を起こす必要がなくなった。ただ、弁当に関しては物欲しげにされてしまったので、ちゃんと用意はしてきた。
四月と同じように朝起きて、弁当を作って、朝食を食べながら森石とテレビを見る。なんだか随分と久しぶりな感覚になりながら、それでもしばらくは一人で登校すると思うとなぜだか気が進まなかった。
そんな気分だったせいか、遅刻ギリギリというほどではないが遅めの登校だ。通り過ぎるクラスメイトに挨拶を返しながら、どうにも足が重い。
来週には梅雨が明けるとテレビでは発表があったが、今日も雨が降る気配はなかった。
この憂鬱にも似た気分には梅雨がお似合いだ。土砂降りだと特にいい。
「おっはよう! 松毬!」
自転車の走行音が近づいてきたかと思ったら、すぐ横で声をかけられた。
「おはよう、岡村。朝から元気だね」
結局、豪打との一件について自分からは話してはいない。岡村の方も無理に聞き出そうとはしなかった。
自転車から下りた岡村は隣を歩きながら、「俺は朝が好きだからな」と笑う。
「起きた時に天気がいいと、今日もいい日になりそうだって思うんだよなー。松毬は朝が嫌いか?」
「そうだね。前まで夜型の生活してたから、朝は寝る時間だって身体が認識しちゃってるんだよ」
「いつも朝早いって聞いてたから、朝には強いと思ってた」
「起きてすぐに家を出るわけじゃないからね。登校するころには目が覚めてるだけだよ」
寝起きは基本的によくない。悪夢の後は起きたことを認識するのに時間がかかるし、そうでなければ前の生活の感覚が抜けなくて、身体が二度寝を求めてくるのだ。
「なあ、もし気を悪くしたら謝るけど、松毬のライフスタイルって森石ありきなところがあるよな」
気が悪くなるような発言だっただろうかと思いながら、岡村のいう俺のライフスタイルについて考える。
そういえば、朝食を用意したり、弁当を作るというのも普通に近づく一歩として正しいのだが、一人暮らしなら続けられなかっただろうと思う。そもそも、早起きの段階で俺は最終的に森石がよぎるからこそ、無理矢理にでも動けるのだ。
今回の一件に対しても靴箱の嫌がらせが面倒そうだから先にチェックして、森石の席があるかを確認するためだけに、早朝に登校していたのである。
放課後にしたって、買い出しの後、寄り道せずに帰るのは夕飯時に間に合わせるためだ。
「そう、だね」
「朝、部活生と同じ時間ぐらいには来てたって聞いてさ。毎日やってるパトロールとかも、結局は森石のためだったんだろ? そういうのって一人で続けるのは大変そうだって思ってたんだよ」
パトロールという表現に少し笑ってしまったが、間違ってはいなかった。
「パトロールに関しては、誰かさんが手を回してくれたおかげでそこまで大変じゃなかったよ」
わかっていたからこそ、岡村がそういう風にクラスメイトに伝えてくれたのだろう。そのおかげで時間は短縮できた。
「余計なお世話かとも思ったんだけどな。大々的にお願いしたわけでもないし、気がついた時に教える程度ならみんなの負担にもならないだろ」
「本当、あれは助かった」
「そういや、豪打たちにも会ってきたよ。あの様子だと森石には手を出さないと思うから、安心していいと思うぜ」
そりゃ、俺も脅したからね。あれで諦めないんだったら、今度は羽衣おばさんが本気を出しそうだ。
「そうだね」
物語ならこれでハッピーエンドだ。めでたしで締めくくられる話で、俺は本当ならもっと喜ぶべきなのだ。
「なのに、どうしてそんな浮かない顔をしてるんだ?」
顔に出ててたかと思うが、そうでなくても岡村はわりと察しが良い方である。
「寝不足じゃないかな」
嘘は言ってない。今朝も夢見は悪かった。
「森石がいないからか?」
慎重に声を調整した質問だった。軽くも深刻にも聞こえないそれに、俺は笑う。
「まさか。しばらくは一人で登下校もしてたし、学校でもそんな頻繁に会っていたわけじゃないから、いないぐらいで変わらないって」
「でも、松毬はずっと森石を気にかけてたんだろ? いきなりその必要が無くなって、今日に関しては学校にすらいないっていうのは、変化が大きすぎるだろ」
そうじゃない。必要が無くなったというより、最初から必要とはされてはなかったのだ。
俺が思っているよりずっと森石は強いし、それで失敗しても修正できるだけの誰かがいる。完全に八方塞がりになったとしても帰る場所がある。
「そうかもね」
きっとあまりにも森石が俺を尊重する態度に、頼られていると勘違いしたのが悪かった。
元々、俺は承認欲求が強い方だ。引っ越す前までは通り名による噂話と付き合う女のおかげで解消されていて、この町にきてからは森石のおかげで気にせずにすんでいた。
それが今回の件で、俺が思っていたのと違ったのを知ってしまっただけだ。
俺がいなくても行動はできるが、豪打のような相手を前にした時に対処できるとまでは思ってなかったのだ。
「松毬は頑張りすぎなんだって。家のことだけじゃなくて、学校でも森石のこと気にして、もうちょっと自分のやりたいことをしても俺はいいと思うぞ」
その通りだ。岡村のいうことは何も間違っていない。
けれども俺の場合はそれだと困るのだ。俺が自分のやりたいことをするということは、その分、普通とはズレることになる。
かつての俺の日常の大半は、一般的には歪んでいるらしい楽しみのための準備と決行でしかない。
他にやりたいことなんてないというのが厄介だった。遊びに出れば楽しめるのだろうが、歪んだ目的を抜きにして、どこに行ってこうしたら楽しいだろうという想像が全くできなかった。
「岡村は何かやりたいことある?」
「よくぞ、聞いてくれた! そろそろ夏休みも近いからな! 俺はこの夏こそ、カノジョを作ろうと思う!」
拳を握りしめた岡村が勢いよく空に突き出した。
「高校の青春といえば、やっぱりカノジョだろ! もちろん、ひと夏の思い出で終わらせるつもりはない! 冬のイベントラッシュに向けて、ゆっくりと愛を育むつもりだ!」
自転車がなかったら、舞台俳優さながらにポーズを決めていそうな勢いだった。
あまりの健全すぎる発言に別世界の人間だなとつくづく感じる。いざナンパに行ったら、うまく声をかけられなさそうなところまで想像できた。
なんだったら、根は真面目すぎるぐらいなのに、わざと馬鹿っぽく振る舞っているような気さえするのだ。
それが計算か無意識なのかは置いておいて、人受けがいいのは事実だ。
「あとそうだな。大きくはないけど商店街でお祭りもあるし、電車に乗ったら隣町で花火大会もあるぞ」
考えて見れば、四月にこの町の地図を作ったものの行事に関しては全く調べてなかったことに気づいた。
人の集まりそうなイベントにその空気を楽しみに行く。それはとても普通なことではないだろうか。
「だから、楽しんで行こうぜ」
豪打と似たようなことを言ってるのに、岡村がいうと連想されるものが全く違う。
見えているものも全く違うだろうなと思う。それは森石が相手でも同じことだ。
「せっかく、こんな町まで引っ越してきたんだろ? 娯楽施設は少ないし、情報も頼んだ荷物が届くのも遅いとこだけどさ。星も綺麗だし、食べ物も安くて美味いんだぜ」
「そうだね」
今の俺にとってはあまりにも眩しすぎる笑顔を向けられて、逸らすこともできずに目を閉じた。
元気づけるように背中を叩かれて、規則的だった歩くリズムを崩される。
わからないんだよなー。星が綺麗なこととか、食べ物が美味しいこととか、女を前にして緊張で話せなくなることとか、何の根拠もなくただ信じることとか。
俺もそういうのがわかる人間だったらよかったのに。
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