見出し画像

映画「ショック・ドゥ・フューチャー」素敵な出会いと電子音楽の春へ!

・はじめに


ある日、twitterのタイムラインを眺めていると、大好きなマンガ「解体屋ゲン」原作の星野茂樹先生の投稿にとある映画の話題があった。シンセサイザーの映画……PCが三和音しか出させない昔から、打ち込み音楽=DTM(デスクトップミュージック)を趣味のひとつとして来た人間なので、その映画の予告PVを観ずにはいられなかった。そして、その映画PVはおそらく「少しでもシンセサイザーに触れた人間ならば間違いなく胸熱になる」ものであった……。

素敵な出会いというのは世の中に少なからずともある。この映画との出会いは間違いなく素敵な出会いであり、そしてこの映画はその「素敵な出会い」を描いた映画であったのである。


「ショック・ドゥ・フューチャー(Le choc du futur)」


・あらすじ


『 1970年代後半のフランス、パリ。

女性ミュージシャンのアナは長期旅行に行った友達の部屋で自分のヤマハ   CS-80と、部屋に置かれた友人のMoog Synthesizer IIIcなどの電子音楽機器、そして録音装置によってコマーシャルのための音楽を作っているのだが、すでに煮詰まっている……新曲の提出の期限は今日

そして、今日はパーティの予定も。大物プロデューサーに曲を聴いてもらえるチャンスもある、アナにとっては大切な日。

しかし、創造の苦しみの中でもがくアナ。そんな時に機材の修理にやってきた男がアナに見せたのは出たばかりの日本製のリズムマシン「ローランド CR-78」

そのまるで救急箱のような形の機械が刻むビートの衝撃!

素敵なボーカリストとの出会いもあり、アナは創造の楽しさの世界にダイブする。

さて、コマーシャルソングは間に合うのか、今日のパーティで成功者への道が開けるのか?

そんなアナの創作と自分の為の大切な一日を描いたのが


「ショック・ドゥ・フューチャー(Le choc du futur)」上映時間78分 』


・監督&キャスト


監督・製作・脚本・音楽:マーク・コリン

アナ役:アルマ・ホドロフスキー

CMプロデューサー:フィリップ・ルボ

ボーカリスト:クララ・ルチアーニ

音盤収集家:ジェフリー・キャリー


・映画を観にゆくまでの顛末


予告を見た時に「コレは見なければアカン」と思ったのであるが、調べてみると残念なコトにその時点では北海道での上映の予定はなかった。非常にニッチな世界を描いた小品ゆえ、チャンスはなかろうか?コロナの中では首都圏に観にゆくのもままならない……と思っているとチャンスが来た。

札幌のミニシアター、「シアターキノ」で行われている「KINOフライデーシネマ」という枠で、1日だけの上映が決まったのである。

ただし、この1日だけの上映は特別上映というコトで、前売り券の発売はない。決して大きくないシアターキノの2つのスクリーン、大きいほうでも席数は100席なのだ。

とりあえず、その金曜日をあけ、一緒に見に行ってくれる相棒をなんとかかんとか用意した (シンセサイザーの映画というと難しいが、女性が活躍する映画と言うとなんとかなるものだ)。

当日は上映の数時間前から整理券を配布なスタイルだったため、相棒との合流は上映直前として、先にチケット購入に向かう。ほぼ発売開始時間に行ったハズだが、すでにご同輩が数人いる状況であった。

とりあえず、コロナ禍のための体温測定をして整理券なチケットを手にして時間潰し。雨の中をてくてく歩いて北海道立近代美術館へ向かった。

その時に北海道立近代美術館で行われていた特別展は「富野由悠季の世界
ガンダム、イデオン、そして今」
である。ええと、それって「ショック・ドゥ・フューチャー」となにか関係あるかって?

「機動戦士ガンダム」のアイキャッチが「ショック!」に聞こえる……じゃなくて、機動戦士ガンダムのガンダムの形式番号はRX-78という設定。「ローランド CR-78」が活躍する「ショック・ドゥ・フューチャー」を観る前に覗くにはは最高の特別展ではなかろうか……(笑)


※ もちろん自分は「機動戦士ガンダム」を始めとした富野作品のファンであるので小ネタのために特別展へ行ったワケではない。ただ、「機動戦士ガンダム」も70年後半に「ショック・ドゥ・フューチャー」を起こしたモノであるコトを否定する人はいないであろう。量産可能な大型人型兵器による未来の戦争を勧善懲悪でなく、人と共に描き出したほぼ初のアニメーションなのだから。


そんなこんなで富野由悠季監督の絵コンテと安彦良和氏を始めとした絵師の素晴らしい作品、「無敵超人ザンボット3」のアキのあまりにもアレなシーンの映像展示を観て、とても図録とは思えない厚い図録を小脇に抱えてシアターキノへと戻ったのである。

そして、やや遅れた相棒と館内に。そこそこ満席な中で「ショック・ドゥ・フューチャー」を観たのであった。


※ なお後日、アンコール上映としてシアターキノで6日間「ショック・ドゥ・フューチャー」が映写されたのであった……ええっ(笑)


・シンセサイザーとインスピレーション


「なんでそんなにシンセサイザーを買うの」と良く言われる。

今、ウチの楽器部屋には7台のシンセサイザーと2台の音源ユニット、1台の音源付きシーケンサーが並んでいる。うち2台は音が出ないが(そのうち修理する)。どれも「ショック・ドゥ・フューチャー」のアナログシンセ全盛期の後に、大ショック・ドゥ・フューチャーとなった「ヤマハ DX7」の後に発売されたデジタルシンセサイザー(DX7含む)で、まだビンテージとは呼ばれず中古価格がお安いものが大半である。ミニ鍵盤のキーボードも別に2つ転がっている。

さほど金額はかかってないが、61鍵の鍵盤を伴うものが多いのでかなりのスペースを使う。なので部屋のありさまを知る人には「なんでそんなにシンセサイザーを買うの」と必ず言われるのだ。


※ そして、それを言う奴は必ず「子供に1台欲しい」とかも言い出すので始末に困る。


もちろん普通に趣味のDTMで曲とも言えないフレーズを作るだけの、音符もろくに読めない、左手は添えるだけの演奏技術の人間にはホントはそんなに必要ない。もちろん今時のソフト音源(PC内で演算させるシンセサイザーとか楽器のデジタル録音データ)だって2台のPCの中に結構入っている。

それでも中途半端な時代の中古シンセサイザーを集めている理由は「新しい音からのインスピレーションが欲しい、そしてそれが楽しい」からなのである、多分。

新しい道具・機器で作風が変わるというのはどんな趣味・仕事でもあるだろう。たとえば電話→ポケベル→携帯電話(ガラケー)→スマホでの変化なんかはその象徴的なもので、ポケベルによる短縮言語(ポケベル暗号)、携帯電話での絵文字文化と写真撮影に作曲(携帯電話に着信音を作る機能がある機種は多かった)、スマホでのSNSの拡大と動画の共有……多くの変化があった。それは大きな変化だけではなくもちろん機種毎の進化で発生している。

楽器だってもちろんそう。ピアノで和音の演奏が出来るようになって、コードネームの考え方が出来て音楽の作り方が変わったり、ギターやベースがエレキ化したりもそう。さらにエフェクターを増やして新しい音が作られ、それに合わせたフレーズを新しい音からのインスピレーションで作る。

ギター奏者だって1本のギターで満足しないで複数買うだろうし、エフェクターも増やす。同じようにキーボード奏者だってシンセサイザーを増やす。ただ、中古でも新しく手にしたシンセサイザーから出る新しい音源方式の音は、他の楽器よりも圧倒的に多いバリエーションの音と出会う機会があるのだ。

いや、この映画の主役機は「ローランド CR-78」。話を戻さないと……。


・ローランドのリズムマシン


梯郁太郎氏という日本電子音楽の神様のひとりが立ち上げたローランド。そんなローランドがシンセサイザーと共に作っていたのがリズムマシン。

特に1980年代に発売されたTR-808(通称ヤオヤ)やTR-909などは古坂大魔王扮するあのピコ太郎の「ペンパイナッポーアッポーペン」(PPAP)で使われ大ブームを起こす程であり、生のドラムとかリアルなPCM音源(パルスコードモジュレーションというアナログ→デジタル変換でデジタル録音した音)とは違う、耳に残る音を、ビートを、アナログ音源で出した名器である。

※ アニメオタクにはTRシリーズは交響詩篇エウレカセブンのLFOの形式番号の元といったほうがとおりが良いだろうか。

「ローランド CR-78」はそんなTRシリーズのお兄ちゃんみたいなもの。だがしかし、アナログシンセサイザーのひとつの音をアナログシーケンサー(音の鳴る順番を記憶して自動再生する機械)で走らせていた時代にひょっこり現れた革新的な楽器なのだ。

アナログシンセサイザーのひとつの音をアナログシーケンサーでというのは昔のファミコンのドラムに近い……インベーダーゲームの発射音とか爆発音だけでビートを作るようなものだったのだ。それでも当時の電子音楽のミュージシャンはそれを何度も多重録音したりして音楽として使える物にしようとしていたのである。

そんな中に降りてきた14音色で自分でリズムパターンも組める「ローランド CR-78」。「ショック・ドゥ・フューチャー」の主役、アナにとってはどれだけ新しい未来の音だっただろうかは想像に難しくない。

そして、この映画が描き出すのはそのアナの「素敵な出会い」からのインスピレーション。それこそが「ショック・ドゥ・フューチャー」


・映画の描き出すもの


前半はコマーシャル音楽の作成に苦しむアナの姿を映す。締め切りギリギリになっても形が現れない憂鬱なそれは、子供の時の夏休みの宿題のそれや、創作に苦しむマンガ家の日常であろう。

そんな中でさらに謎のアルバイトがあったり、当然、CMプロデューサーからの催促があったりの半日。そんな日にパーティなどというアナもどうかと思うが(笑)

そして、機材の故障で呼んだ修理屋のおかけで「ローランド CR-78」と出会い、インスピレーションが溢れ出し始めたアナ、そして、そこに現れたアナの募集を見た初対面のボーカリスト、クララ。彼女も「ローランド CR-78」でアナが生んだ音楽にインスピレーションが湧いてふたりは意気投合する。

フランス映画らしい美女の共演。アナ役のアルマ・ホドロフスキーは両親が俳優で祖父が「エル・トポ」を監督したアレハンドロ・ホドロフスキーであるが、そんな家系は関係なく美しく、演技も良い。ボーカリストなクララ役のクララ・ルチアーニも長身の美女であり、歌手であるが自然な演技で映画の推進力となっている。

後半はそんなふたりの音がどうなるのか。女性ミュージシャンの作る電子楽器の音楽というだけで障害となる壁が少なくない時代だが、この映画では他にフランス特有の問題も壁として出て来たりする。そんな中で近くに来る男たちと丁々発止しなければならないアナ。

男優たちは演技は良いが、なかなかクセがあり、これも流石はフランス映画と思わせる。

当時、電子音楽で成り上がった女性ミュージシャンたちも少なからず、いや、この話どころではない障害を乗り越えてきたハズであり、新しい未来の音との「素敵な出会い」の横に「あまり素敵ではない出会い」も並べて見せるのが「ショック・ドゥ・フューチャー」なのである。

そしてもの凄く狭い世界の中から、もの凄く広い世界を目指す女性を映し出すのだ。

そのコマーシャル音楽と大物プロデューサーとの顛末は是非にご自分の目で確認して欲しい。そして、もの凄く狭い世界をどう表現しているのかも。


・劇判の素晴らしさ


音楽の映画であり、劇判も監督のマーク・コリンが音楽を取り仕切る形なので、もちろん音楽も素晴らしい。劇判といってもそれ自体が主役でもあるのだ。マーク・コリン自体が様々なミュージシャンによるヌーヴェル・ヴァーグというバンドプロジェクトのプロデューサーでもあり、キーボード奏者。彼自身の曲と彼が選んだ70年代後半に電子楽器で作られた名曲たちについては、まずは映画のPVで確認していただきたい。

個人的にはPVの時点でヤラれてアルバムのデータ購入したくらい。一度聞いてからはガマンして映画館まで聞かなかったけど、やはり映画館の音響で聞くのはたまらなかった。もう自宅で聞くのに躊躇するコトはないけれど、自宅のスピーカーでもアナログシンセサイザーの太い音だけで圧倒される。



・映画の追体験へ


さて、最後に現代のシンセサイザーの話を少し。ヤマハ DX7によりデジタルシンセサイザーの時代が到来して、シンセサイザーの状況は大変化した、特にPCM音源の発達により、アナログシンセサイザーでは不可能だったピアノをはじめとする「既存の楽器の音の再現」がほぼ可能になったのである。

それは「ショック・ドゥ・フューチャー」の時代とは違うシンセサイザーの文化となった。アナログシンセサイザーの音もデジタルで再現して、それすら「既存の楽器の音の再現」としてシンセサイザーは自分で音を作る機械から「数千の音から選ぶ」機械へと変わって来た。

もちろんそれを打ち破ろうとするシンセサイザーも現れており、PC用のソフト音源として自由度が高まったシンセサイザーは上手く使えば素晴らしい音が作れる。ただ、作る方も聞く側も既にシンセサイザーの音に慣れてしまっており、「コーラのCMのフタ開けて注ぐ音はシンセサイザーで作っているんだよ」なんて豆知識も「ふーん」で終わってしまう時代になってしまった。


※ Buchla等のアナログシンセサイザーでコーラの音を作ったスザンヌ・チアーニの名前をこの映画を最後まで観た人は見ることになる。主人公アナのモデルとなった女性ミュージシャンのひとりであると思っている。


アナログシンセサイザーは現在も生きており、モジュラーシンセとして販売されている (PC上のシミュレーションで再現されているものも)。TR-808等と共にビンテージとして70年代から動いている機器も沢山ある。すっごく高くなっているのだが。

もちろんそんな機器を触るだけでも「素敵な出会い」はある。無限とは言わないが、色々な音が作れるシンセサイザーはインスピレーションを生み出すための装置なのだから。

でも、やはりブレイクスルーとなる機械が出て来るのは難しい。そんな中で今、個人的に期待しているのが、「カシオ CT-S1000V」と「UJAM Usynth」

馴染みのあるカシオトーンの名前で2022年3月に出て来る「カシオ CT-S1000V」は5.5万円の実売価格でありながら、歌詞を歌えるキーボードとなる。

合成音声を内蔵するキーボードは、初音ミクのベースとなっていたVOCALOIDの開発によって合成音声の未来を作ったヤマハが「VKB-100」というキーボードを出した前例があるが、単音であり、一音でも鍵盤を間違えるとミスがはっきり出てしまう弱点があった。


※ 映画の中でアナのボーカリストとなるクララの存在は、DTM愛好者に対する初音ミクの存在とも言える。初音ミクはあのDX7の後の(といってももう15年になるが)最大の電子音楽のブレイクスルーだったのは間違いない。初音ミクがDX7の意匠を衣装として纏っていたのも今や天啓だったのではないかと思う程に

そして今でも初音ミクを使った新しい音楽は作り続けられており、そこで育ったミュージシャンが日本の音楽チャートを席捲しているのは説明するまでもない。

ただ、昔からのDTM好きにとって初音ミクは、様々な障害により歩みが遅くなっていたアマチュア電子音楽ミュージシャンによる自由な創作活動のジャンヌダルクだったコトも知って欲しい。色々と「ショック・ドゥ・フューチャー」な存在だったのである。


カシオ「CT-S1000V」は和音での発声が可能で、かつミスを少なくするシステムを作り、スマホで入力した歌詞を合成音声で歌わせるキーボードである。任意のWAVファイルを合成音声の核として調整して歌わせるコトが出来る、ある意味最も新しいシンセサイザーと言える機能がある。PVを見るからにはとてもレトロでフューチャーな楽器なのだ。

もしかしたら「ショック・ドゥ・フューチャー」を安価で堪能する電子楽器がまた日本の企業から出るのかもしれない。「ショック・ドゥ・フューチャー」の追体験となるかも知れない……。


同時期に発売される、ドイツ、ブレーメンのUJAM(音楽ソフト会社、まさにブレーメンの音楽隊)によるソフト音源シンセサイザー「Usynth」も「素敵な出会い」となりそうで、こちらはプリオーダー済である。もしかしたら操作性が斬新なコレも「ショック・ドゥ・フューチャー」の追体験となるかも知れない……。そして、こちらもかなり安価な品である。


※ 延期になっていた「Usynth」が2月3日に発売されたので追記する。


「Usynth」は「音を作る」操作系を「音色とアルペジオを変化させる」意識を引き出す操作系となっており、さらにディレイとリバーブのエフェクト部以外の、シーケンサー・音色・フィニッシャーのパラメーターを一気にランダム変更するサプライズボタンを持つ。サプライズは変化量の調整もあり、変化量を大きくすると音色自体も変更される。

サプライズボタンの下には変化を与えても元に戻す、さらに逆にサプライズ後に戻るボタンもあり、選択や生演奏に対しての配慮もされている。

変化量を大きくすると元音色からはかけ離れるが、完全に新しい音を出すこのサプライズボタンこそは「素敵な出会い」を作るシステムであり、波形から計算して音を作り込む従来のシンセサイザーの考え方としては邪道的に思われるかもしれないが、UJAM自体のコンセプトが速く、良く、簡単にであり、結局は「数千の音から選ぶ」だけの機器になりがちな今のシンセサイザーに対して「変化をつけて楽しむ」コトを前面に持ってきたこのシステムは「素敵な出会い」を作る、「ショック・ドゥ・フューチャー」となったシステムだと思う。


なお、2022年4月6日に「ショック・ドゥ・フューチャー」のブルーレイとDVDが発売予定となっている。シンセサイザー好きな方、フランス映画が好きな方、頑張る女性を見たい方には是非見て頂きたい。素敵な一品と「素敵な出会い」を。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集