なんで自分ばかりと被害者意識が強くて苦手を受け入れられない人とケチな人と関わらないこと
歳の割にやたらと幼ない人がいます。それは若いんじゃなくて子どもっぽいんです。子どもっぽい原因は、いつもなんでどうしてと起きたことや、できていないことを受け入れないことにあります。また本質から逃げてしまう人。物事をきちんと見ない人です。
性格や見た目は変わらないし、働いている場所を選んだのは自分。その仕事を選んだのも自分。それなのにいつも自分ができてないから目を逸らし問題をすり替えます。そして誰かのせいにしちゃうのです。隣の席の人に愛を持たないだけでなくまさかの攻撃をしたりします。不安な表情を出しながら私悪くないもんと主張する人に対しては、周りは冷ややかにまたかという心の声を繰り返しながら、段々相手にしなくなっていきます。
仕事のシーンにおいては、物事がわからない子どもと話しても仕方ないと感じちゃうから距離をおかれちゃうんです。嫌いよりランクが低い、話すべきレベルじゃない系。会議に呼ばれない人です。適当に相槌を打たれ始めるがサインなんです
受け入れができない人は子どもっぽいから自分が守られて当然と感じています。しかし自分は、誰も守ろうとはしません。受け入れができない人は自分が凄いから周りがダメなんだを信じています。そうなってしまうと周りは言っても無駄だから距離をおきます。適当に付き合ってしまうだけでなく、早く自分のチームからいなくなってしまえばよいと心底願われてしまうもの。
また世代に関係なくびっくりするほど自分本位な人がいます。自分本位は自分が考えるよりも周りがわかるんです。自分だけ少しだけ得したいや、自分だけ金が欲しいはすぐバレます。見たくないから見ないようにすれば良いし、プライベートならばゆるゆる断捨離。節約じゃなくケチな人は愛もケチります。
いろいろな人がいて良いんですが、被害者意識の強い愚痴ばかりな人ととケチな人は近づかないに限ります。自分がわかっていない人や自分だけ得したい人は変わらないから。自分ばかりをみているから周りが見えないんです。感謝がないのは性格じゃなく目線。自分勝手だから。
思いやりという徳の差が相性の差。苦手な人とは大概は徳が合わないんです。徳の低い人に対して、私じゃなきゃわからないとか、引き上げてあげたいなんておごりは捨てた方が懸命。仕事なら距離感、プライベートならゆるやかにしなやかに断捨離。人生の時間は限られていますから見ない方が良いこともあります。人生は受け入れながらそこからベストを尽くしていけば良いんです。増やすばかりではなく絞ったほうが幸せになります