読書感想:センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか? (GCN文庫) 著 二上圭
【これが真の愛でなくとも、私にとっての居場所は此処にしかない】
家出少女と共同生活を送る物語。
社会では反道徳的な行いは、徹底的に叩いてくる。しかし、心の何処かでは違和感や息苦しさを感じている。
悪辣な家庭環境に嫌気が差して、ネトゲで知り合った底辺社会人、タマの元に身を寄せた家出少女、レナ。
引き籠もり少女と言えど、未成年を匿う事が周囲にバレれば、社会的に死ぬタマ。
それでも、共同生活を送る中でお互いの暗い過去が分かってくる。
たとえ、破滅が確約された刹那の関係だとしても。
育った環境というものは、人格を形成する大きな要因になることを再認識させられる。
決して悲惨な訳ではないけれど、お世辞にも恵まれているとは言い難い境遇にある一人の少女が身を削る覚悟を決めてまでそれまでの環境から飛び出していくまでの切羽詰まった思いを。
同じ様に幼少期に荒んだ家庭環境にあったタマが受け止める場面は、彼らだからこそ成し得る、痛みを分かち合う共感に満ち溢れていた。
青臭い理想論で彼女を救うのではない。
ただ、今日を生き永らえる為に互いが必要なだけであって。
社会の定めた正しさに真っ向から立ち向かうかのような、終わりに向かって歩みだす、インモラルな関係を築いていく。
育った環境によって養われる感性が異なるのは間違いない。
そうやって育まれた感性も、やはり今の自分を形作る大切なファクターなり得る物で。
重要なのは、どんなに嫌いな自分でも、それをあるがままに受け入れる事。
将来から目を背けて現実逃避を続ける危うさの中で、閉じられた世界で社会倫理に反して堕ちていく彼ら。
正しい行動を強いてくる社会に辟易して、前を向く事ばかりが、ゴールなのではない。
これから先の長い人生で前を向く事ばかりが、正解ではない。
たとえ、遠回りでも、損をする結果が目に見えていても。
一緒に一度立ち止まって考えてみる時間も必要なのだ。
反道徳的で、社会規範をはみ出した言動や極端な思想は、悲劇的結末ばかりを連想させるが。
タマもレナも自分がろくでなしであることを自覚している所に、まだある種の救いがあるように見てとれる。
底辺社会人タマのもとに長年のゲーム仲間であるJKレナが身を寄せる中で、無敵の人や親ガチャといった昨今、社会問題として提起される話題を、二人の不器用で歪な関係を育む中で考えさせられていく。
暗い過去はどうしたって消せはしない。
これから人生を歩む中で一生背負っていくしかない。
それでも、そんな過去を背負いながらも、痛みを分かち合える拠り所がある事が重要で。
その痛みを分かち合う事で、少しずつでも生き永らえる事が出来る。
本当に孤独なのは、痛みを誰とも共有できずに、自分の中に押し止めるしかない状況だ。
そういった孤独を抱えている人は現代社会において、意外と多い。
それを厭って、自ら死を選ぶ人も少なくない。
そうなってしまうのは、正しさばかりを振りかざし、正論ばかりを答えだとして、押し付ける今の日本の問題だろう。
人の弱さを悪と見なす世間の根底の問題だろう。
しかし、人である以上、間違ってもいい。
失敗してもいい。
そうした経験をした者にしか、なし得ない事がある。
世界の清濁を知って、辛酸味わされてきたからこそ、綺麗事ではない、その人の痛みに寄り添った優しい言葉を吐き出せる。
社会に裏切られ続けたタマもレナがようやく手にした安息のコミュニティ。
けして永続的に続く物ではないとしても。
生きる事を投げ出さない為に、今の彼らには必要不可欠な居場所で。
社会がそんな自分達を非難してこようとも、この居場所に何としても縋り付く他ない。
互いの暗い過去を認め合って、自分のクズさも曝け出して。
弱い自分さえも認め合える彼らこそ、本当に強いのだ。
ようやく掴み取った居場所を事情を知らぬ赤の他人に奪われる訳にはいかない。
正しさを振りかざす大人や自分を支配しようとする毒親達と対峙しながら。
これが真実の愛ではないかもしれないが、自分を認めてくれる居場所は此処にしかない。
自分を認めてくれない場所には用はない。
こんな自分を必要としてくれる人の傍にいたい。
ならば、なりふり構わず、どんな手を使ってでも守り抜こう。