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読書感想文【流浪の月】

2019年 凪良ゆう
第17回本屋大賞受賞

昨年に『汝、星のごとく』が作者二度目の本屋大賞を受賞した。
旬な人気作家を自らのラインナップに取り入れるべく、手にとってみた。


父親が病死し、そのせいで母親も消えてしまい、9歳の家内更紗は一人ぼっちになる。母親の姉である叔母の家に引き取られるが、個性的な家庭で育った更紗にとってそこは窮屈だった。従兄のエスカレートする嫌がらせにも疲弊し孤独を募らせ、ある日公園でいつも見かける青年・佐伯文の「うちにくる?」という言葉につい頷いてしまう。

19歳の青年と9歳の少女の、無断の共同生活。ことが明らかになれば当然ながら19歳の青年が責められる。
果たしてその通り、更紗の失踪は少女誘拐事件として報道され、遊びに行った動物園で通報・逮捕・保護、と幕を閉じた。
しかし更紗にとって文は自分を救ってくれた恩人であり、成長して就職して恋人と同棲するようになった今でもなお、大好きな人だった。

序盤、大多数の人間は早いうちに『ストックホルム症候群』という言葉を連想するだろう。
犯罪者と被害者が極限状態のなか長時間接することで心理的に繋がりを感じ、協力関係や恋愛関係に発展したりすることを言う。1973年にストックホルムで発生した銀行強盗人質立てこもり事件に由来する言葉らしい。

読後の感想は、共感と生理的嫌悪の間、といったところだろうか。

報道で二人の事件を知る第三者たちの視点、意見は至極真っ当でありかつリアル。現実に同じ事件が起こればこうした流れになるだろうと想像に難くない。罪を償い名前も住まいも変え、世間に紛れ生活しても付きまとう好奇の視線、デジタルタトゥーと下世話根性。誇大表現とは言い切れない。性犯罪者に対する再発防止にもっと力を入れよという意見には同意すらする。

ただ当事者たち、特に更紗にとっての真実は異なる。本当はそうじゃないのに、と理解されないことに悲しみ疲弊し口を閉ざす。
そして周囲は二人を置き去りにして、ますますあらぬ方向へ転がっていく……

……ここで感じた嫌悪を、なんと読み解けは良いだろう。
物知り顔で好き勝手な意見を交わす第三者への憤り、ではない。
不幸なボタンの掛け違いだと、文と更紗に対する哀れみ、でもない。

どちらもなくはないけれど、なんだか納得いかない。
ここで印象に残った作中のセリフを引用してみる。

「おまえも自由に生きてるじゃないか。俺との結婚をやめて、話し合いもせずに家を出ていって佐伯文と暮らしてる。俺はそれを認めなくちゃいけない。だって、それぞれ自由に生きる権利があるんだからな。
だから俺も自由にしていいだろう。それをおまえも認めろよ。みんなが自由に生きて、みんなの自由を尊重するために、みんなが我慢をする。矛盾してるけど、そういうことだろう。
自分は自由にするけど、自分を傷つける事柄は嫌がらせだからやめてくれって、それが通るなら、おまえのしてることはただの身勝手だ」

創元文芸文庫『流浪の月』p.289より
(改行は独断)

セリフは更紗の元恋人・中瀬亮のもの。
なるほど、出てくる人物みんながみんな、自分勝手に好きな方向を向いている。みんな、自分のことしか考えていない。
主人公の更紗でさえ、読者の方を向いていないのだ。
好き勝手に周囲を振り回して、読者の望む「自由奔放」を演じてくれない。

幼い頃、文といた時の傍若無人で生命力あふれる更紗と、それから後の無口でおとなしい更紗。同じ名前の登場人物が二人がいるような、大きなブレを感じる。
特に成長した更紗が文と再会し、恋人の亮と別れる辺りからは、良いことも悪いことも周囲の流されるまま。ひたすら受け身と見える更紗には、物語序盤で感じた魅力はもうない。

悲しい事件でそうならざるを得なかったのだ、という主張は正しいだろう。特別でなくていい、ただ穏やかな日々を、と。
しかし説得力が不足している。この場合の「説得力」は実際に納得できるだけの材料が豊富である、という意味ではない。説得「しようと奮闘する」力、である。

要するに更紗のエネルギー不足で中途半端で消化不良、なのかもしれない。

物語自体は現実世界をうまく切り取り克明に描写したものだと思う。
次の展開が気になるエンタメであり、世に起こる全てのものは一面や二面の見方で解き明かせるものではないというテーマも分かりやすく頷ける。
結婚ってなんだ、愛ってなんだ。
更紗の独白は多くの現代人を代弁している。

主人公二人のほか、DV彼氏の亮や母親であっても女である安西さんと、取り残される娘梨花ちゃん、みなきちんと一貫して「自分勝手に自由」である。

人気が出るのも納得の一気読みだった。
しかしながら、「面白いから読んで!」のカテゴリにはハマらない。


なんとなく、近いものがある。


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