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勉強の時間  自分を知る試み21

『サピエンス全史』の独善性


たとえば『サピエンス全史』は人類史全体を見渡して、わかりやすく理解できる、なかなかいい本ですが、どこか硬くて息苦しい感じがするのは、たぶんひとつの見方・考え方で全体を総括しているからなんでしょう。

ユヴァル・ノア・ハラリは科学的・理性的・合理的な考え方をする現代の知識人ですが、あまりにも断定的な論調に僕はかなり独善的なものを感じました。それは自分が唯一絶対の真理を知っていて、あらゆるものの上に位置している、あるいはすべての考え方や事物を断罪できると考える態度です。

『サピエンス全史』は色々なことを教えてくれますが、同時に読み手を支配しようとする意図が感じられる本でもあります。

僕がその背後に感じるのは、史上初めて唯一神を発明したユダヤ人と、ユダヤ教の流れを汲むキリスト教やイスラム教の信徒たちに共通の独善性です。

言い換えると、自分達は唯一の神によって選ばれ、その神と契約し、神の命令に従っているのだから、他のあらゆる人種の上に位置しているという宗教的な思い込みです。

近代の啓蒙主義、科学的・理性的・合理的な考え方の根底にあるのも、その傲慢な大前提です。



日本人の鎖国と「世界」


これに対して、「本来多神教の民族である日本人は、多様な考え方を許容する柔軟な国民だ」といったことを言う人たちがいるようですが、これは別の意味で自己中心的、独善的な考え方だと思います。

欧米の外圧によって鎖国を解き、西欧の技術や文化を取り入れて近代国家になった日本は、その国家の頂点に天皇という唯一神を置くことで、独善的な思い込みに引きこもりながら、異文化を吸収するストレスに耐えてきた国です。

そのストレスは、初めて遭遇した欧米の科学的・理性的・合理的な考え方に対する違和感から生まれたものですが、同時に欧米先進国に対する恐怖や劣等感や屈辱に耐えなければならないところから生まれたものでもあります。

このストレスは近代の日本人の精神を鬱屈させ、欧米に対する劣等感や屈辱から生じた心の傷を、アジアの国や地域を支配し、アジア人を見下すことで癒そうという非理性的な感情に走らせました。

欧米列強に侵略されそうになった幕末の危機をなんとか回避して、独立国として近代化をスタートさせた日本は、明治期の富国強兵政策で、ある程度の経済的・軍事的なパワーを手に入れると、朝鮮半島や台湾に出兵し、植民地化しました。

欧米列強に対して独立を守るには、さらに国力を強化する必要があり、そのためには欧米列強のように植民地を持つ必要があると考えたからです。

その根底には、「日本は天皇という神が統治する国だから、他のアジア地域を統治する権利がある」という誇大妄想的な思い込みがありました。

これは欧米列強が、「自分たちは科学的・理性的・合理的な正しい考え方をしているんだから、野蛮なアジア人を導いてやるために、自分たちのやり方を押し付けても構わないんだ」と考えていたのとある意味似ています。

しかし、日本の場合は、欧米列強には野蛮人と位置付けられ、恐怖や屈辱に耐えながら、他のアジア人に対してまるで先進的な欧米人であるかのように振る舞おうとする、ねじれた感情がありました。



軍国主義の妄想と戦後の妄想


昭和初期に無謀な戦争へと突き進んだときも、日本人は「いざとなれば神風が吹く」といったバカな思い込みにしがみついて、現実を見ようとしませんでしたが、その根底には自分たちが天皇という唯一絶対的に正しい神に守られている、選ばれた国民だという滑稽な思い上がりがありました。

この思い込みは第二次世界大戦の敗北によって徹底的に粉砕されましたが、それでも戦後の日本人は天皇制にこだわり、天皇を心の支えにしながら、欧米のルールに従いながら、今度は経済でのしあがろうとしました。

そこにも明治期以来と同じ近代化のストレスがあり、そのストレスに耐えるために、天皇という日本人なりの唯一神はやはり必要だったんでしょう。

科学と理性の時代であるはずの近代でも、欧米先進国には自分の世界を絶対的に正しいと思い込もうとする唯一神由来の信仰があり、欧米の科学と理性の仕組みを受容した日本にも、天皇制という日本人にしか通用しない唯一神信仰が生まれ、ロシアや中国などそれ以外の国々にも、それぞれの独裁者や専制的な組織が機能しているのを見ると、自分の世界観を絶対的なものと思い込みたいという欲求は、人間にとってそれほど強いものなんだなと改めて思います。



啓蒙と非理性のカラクリ


近代史は科学的・理性的・合理的なセオリーを押し付けて、利益を吸い上げる先進国と、そのセオリーを受け入れるストレスに耐えながら、先進国に追随するその他の国や地域の葛藤の歴史でした。

そのセオリーをゲームのルールとして戦っているかぎり、後進国は常に劣勢に立たされます。

普通に取引していても、より多くの利益を得るのは先進国とその企業です。先進国の巨大な金融資本は目先の利益を求めて弱小国に投資したかと思うと、急に資本を引き上げたりして、弱小国の金融システムを崩壊させたりします。

後進国に狂信的な軍国主義やファシズムが台頭するのは、先進国の科学的・理性的・合理的な支配に耐えられなくなり、そうした支配を打倒したいと考える人が出てくるからです。

科学的・理性的・合理的な仕組みに対する反感は非理性的なものになります。

ナチスは科学的・理性的・合理的な考え方を装いましたが、彼らを動かしていたエネルギーは非理性的なものでした。ナチスドイツの科学や産業は当時としては先進的でしたが、それらを活用して行った政治や軍事行動は非理性的でした。

そうでなければ東西両方の敵と同時に戦うようなことはしなかったでしょうし、あれだけ不自然な方法でユダヤ人を大量虐殺しなかったでしょう。



科学的な支配のメカニズム


科学的・理性的・合理的に考え、行動するとき、人は物事がそこでどのように定義されているのか、何を根拠にしているのかを明らかにしなければなりません。そしてそれらをどのようにつなぎ、展開するのかという論理を明らかにしなければなりません。

そうした定義や論理はそれ自体、人を拘束し、支配する仕組みを隠し持っています。それを読んだり、聞いたり、理解したりする段階で、人はそうした仕組みを意識の中に取り込むからです。

そうした仕組みに沿って行動するとき、その拘束・支配はその人や集団の中で確定されます。仕組みを読んだり聞いたり理解するだけなら、それに反感を持ったり、反論したり、拒絶したりできますが、それに沿って考え行動すると、オートマチックに支配の仕組みが作動するからです。


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