【これが愛というのなら】美貌の母親
新しい恋人
望は、辛い別れを忘れるように、すぐに新しい恋を見つけた。
望より2歳年上で、国家公務員の九州男児。
紹介された彼、隆は、体育系出身らしい丁寧さと若いはつらつとした魅力にあふれていた。
まだ25歳だったが、収入も高く、色々な資格を持っていて、キャリアとしてこれから順調に出世していくことは間違いないだろう。
出張が多く、そのたびに私にまでお土産を買ってきてくれる細やかさと、そして、望のことを真剣に「結婚相手」として考えて付き合っている姿勢など、私の印象は最初はよかった。
しかし、望は隆と付き合いだしてから、異常にイライラするようになった。
そのイライラは私に向けられることはなかったが、隆に対して、私の目の前で激高して怒鳴るような事もあった。
「喧嘩でもしているの?」
「ううん。いつもこんな感じ」
次第に、隆の過剰な束縛と独占欲が望の生活を浸食していることに気がつく。
朝起きたら電話、朝食が終わったらメール、出勤前のメール、着いたらメール、昼休憩の電話。退勤時のメール、帰ったら長時間の電話。
車で1時間ほど離れた所に住んでいた隆は、望の心変わりが心配なのか、行き過ぎた連絡を強いていたのだ。
私と遊んでいて、22時を過ぎてしまったことがある。
そこに隆から電話があり、望と言い争いになった。
私にすら聞こえる隆の怒声。
「いいよ!代わるから!」
望は私に携帯電話を放りだした。
思わず受け取り、電話に出る。
「なぎです。申し訳ありません。遅くまで望を連れ出してしまって」
「なぎさん!お久しぶりです。いえ、なぎさんと一緒なら安心です。いつの望がお世話になって本当にありがとうございます」
隆は快活に答えるが、先ほどの怒鳴り声を忘れられる筈もない。
「…別れる気は、なんだよね?」
何度かこのような事があり、私は望に聞いた。
「別れないよ」
望は、まるで人ごとのように言い放った。
母親
隆の事は、望の母親がとても気に入っていると聞いていた。
望の母親は、絶世の美女と言っていいほど美しい人だ。
望の祖母、母親の実母に当たる人は、ある高名な画家に「ぜひモデルになって欲しい」と懇願されて、「その絵を自分にくれるなら」という条件で描かたという逸話のある人であった。
残された油絵で見る限り、望の母親は、自分の母親に瓜二つである。
当時40歳を超えていたと思うが、年齢を感じさせない肌と、どこを見ているか分からないような、神秘的な目を持った女性。
しかし、多少変わった人であった。
何回も会ったことのある私は、彼女に未だに話しかけれた事がない。
挨拶も、無視される。
といって、私が嫌いな訳でもないようなのだ。
その美貌と性格が、更に望の母親をこの世のものではない、不思議な妖精か天使のように見せていた。
望には姉がいるが、姉はどちらかというと、この母親に似ている。
「お母さんは、お姉ちゃんがいたらいいの」
あまり家庭のことを話さない望が、何度かつぶやいていた。
その姉が県外に嫁いだ。
母親に言われた訳でもないようだが、
「望がお母さんのそばにいないと駄目だと思うの」
そう言う望の、母親からの関心を得たい気持ちが伝わってきて、私は切なくなる。
「お母さんは隆が大好きだし、隆に実家のそばに家を建ててもらう話になっているの。転勤になったら、単身赴任してもらって」
笑いながら話す望の目は、しかし全く笑ってなかった。