戦争は女の顔をしていない
この本を読もうと思ったのは、Twitterで漫画の冒頭を立ち読みしたのがきっかけだった。原作はこれでノーベル文学賞を獲ったというロシアの女性ジャーナリストの本で、Twitterの相互さんにも勧められた。その人の評価では「漫画は漫画で賛否がある」とのことで、漫画はまだ2巻までしか出ていないので、その点でも原作の方が良いと思った。
この本は、ロシアとドイツの戦争に参加したロシアの女性たちのインタビューをまとめたものだ。彼女たちは実際の年齢より上に申告してまで祖国の為に立ち上がり、衛生員(戦場で負傷者を回収する係)、医師、看護師、高射砲狙撃手、飛行隊など、軍のありとあらゆる仕事についた。
女性用の軍服などないので、大きすぎる靴や間に合わせの薄手のズボンで何キロも行軍する。女の髪は命とされた時代に、長いお下げをバッサリ切り、刈り上げた。生理の時はズボンが赤く汚れたままになり、それが凍って肌を痛める。自分の背丈より長い銃を構えて撃ち、自分より重くて大きい負傷者を抱えて野戦病院に運ぶ。機体にぶら下げた爆弾四つ以外に攻撃する能力を持たない飛行機に乗って、恐怖で月のものが止まる。
同じ戦場にいた男たちは最初懐疑的な目で彼女たちをながめ、必死の働きを目の当たりにして、やっとのことで戦友と認めた。しかし、命からがら帰還した彼女たちに浴びせられたのは、「戦場で男漁りをしていたんだろう」という口汚い非難だった。一緒に苦楽を共にしたはずの男性たちは彼女たちの働きには口を閉じ、勝利は男たちだけのものになった。これからは「普通の女性の幸せ」を見つけなさいと言われ、女性たちから勝利は奪われた(しかし戦争に行ったことを黙っていなければ、普通の女性の幸せが手に入らないことも多かった)。戦争に行った女は仲間だ。秘密や憧れ、ロマンがない。あんなありのままの姿を見せあった/知っている相手に恋をするだって? 結婚相手には選ばれないことが多かった。
なんだか、男女共同参画社会を見ているようで胸が苦しかった。この本の舞台は80年も前のことで、戦争がからむから、国は違えどもっと辛い境遇だったと思うけれど。
ジェンダーバイアスを無くそうという動きは近年加速しているように思う。実際にはまだまだガラスの天井は分厚いと思うが、少なくとも思想の上では男女平等を目指そうとしているように思われる。「男の子なんだからしっかりしなさい」「女の子だからピンクね」という言葉は、子供を育てる時に使ってはいけない言葉だということになった。
しかし、徹底的に性差を無くしていくことが、果たして福音になるかと言うと、そうじゃないんじゃないだろうか。男女には体格差は確実にあるし、子供は、女の子と男の子で興味の差が生まれながらにしてある(もちろん、個性の差はあるけれど)。戦争に行った彼女達も、わずかな合間で刺繍をしたくなったり、お化粧をしたくなったりしたらしい。普段は兵隊に徹していても……。
戦争では、大事なこと以外は全て剥ぎ取られるという。人間性が露わになるし、自分のことを自分で処理する癖がつくと。しかし、そのようにシンプルな世界で育ち、夢や詩が信じられなくなると、現実世界に戻った時にうまく生きられなくなるのだそうだ。
普通の社会には、戦争時には剥ぎ取られている卑怯さや嘘、誤魔化しが沢山あるのに、それを想像できなくて騙されやすくなってしまう。
あるいは、自分のことは自分でできるとはいっても、本当は優しくされたい。だけれど、優しい言葉なんて子供っぽくて信じられなくなっている自分に気付く。戦争ではそんな優しい言葉は通用しなかったから。
なんでも自分にあてはめて考えることが良いこととは言えないけれど、私もそういう生きづらさを持っているなと思った。
普段は自分で自分のことを処理すべきと思っているし、実際人より上手に効率的になんでもこなせるだろうと思う。そういう自分を誇らしく思うし、自分の有能さ、誰かを引っ張り上げられる力をあてにしてもらうのも悪い気はしない。でも、本当は優しくされたい。私はロボットではない。弱くて不完全な、血の通った一人の人間で、ないがしろにされるとやっぱり傷付くのだ。でも、優しくされたとして、相手が心から言ってくれているかどうかは分からない。言葉ではなんとでも言えるのは、物を書く私が一番よく知っていることだ。
自分の頑張りを見なかったことにされるとか、賢くて物分かりがいい人ほど、都合よい存在として扱われるのもたまらない。じゃあ私はもっと頼りなくて、頭もさほど良くなくて、全力を尽くして努力なんてしなくてよくて、色々見抜いてしまわなければよかったんだろうか。そういう側面は私にもあるのに。出せなかっただけなのに。
そんなような思いが次々湧いてくるので、正直読み進めるのはかなりしんどかった。途中からは似たような話が増え、大抵憂鬱で悲惨な話なので、そういう点でもつらかったけれど、なんとか読み終えた。なんと、祖国の為に戦ったのに、帰って来たらドイツの地を踏んだやつは裏切り者だと強制収容所行きになった人さえいたらしいのだ。私の体験は戦争とは違うからまだマシだ、と思って自分を慰めたいような気持ちにすらなったけれど、でもそれはこの本を読む態度としてはあまり誠実ではないだろう。
もう少し自分の感想を交えて書きたかったのだけれど、ほとんど本文のあらすじ紹介のようになってしまった。まだきちんと整理できていないのだと思う。
最後の方に、負傷者を看護する人が、「(負傷者を)皆夫にしてあげたかった、大事に大事にしてあげたかった」という節が出てきて、心にグッときてしまった。母性本能というのはジェンダー論のやり玉にあげられやすいけれど、そういう思いが湧いてしまうのが女性なのかなと思ったし、死にかかっている人に対してほとんど恋のような感情を抱くのは、人として自然なことなのかなと思った。
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