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One Last Dream

 あなたが毎日夢に出る。

 交際していた時は、ほとんど出てきてくれなかったのに。

 夢の中のあなたの濃度は、まちまちだ。

 このほのかな霧があなただ、という時もある。声はするけれど、背後にいて姿が見えない時もある。一番はっきりと、正面で会話している時でも、鼻から下しか映っていない。

 なぜ私はその人があなただと分かるのだろう。分からない。あなたの声って、こんなだっただろうか。覚えてない。

 忘れようと思っているのに、今更夢に出てこないで。そう思いながら起き上がる。あなたと出掛けた時に買った、小さい目覚まし時計がシームレスに時を刻んでいた。

 食欲はずっと地の底だ。でも、この数か月で、朝ご飯を食べないでいると本当に病人になってしまうと分かった。仕事前に無理やりコンビニに行く。鬱状態には散歩が効くと言うし。

 あなたが買っていた、がっつり系の麺のコーナーでは目の焦点をずらす。洋生菓子のコーナーも危険。甘党ではないはずのあなたが、唯一好きなスイーツが並んでいる。今もこのスイーツを食べているのかな、なんて考えちゃ駄目だってば。

 夢を見るのは、脳があなたのことを追い出そうとしているからだ。デトックスにしては、副反応がキツい。この処理、こんなに時間がかかるもの?

 最初から、手を伸ばさなければ良かったのかな。Win-Winじゃなくて、Lose-Loseだったのだと思う。せめてLose-Winなら良かった。私の気持ちは反故になって、ごみ箱の底。

 そう思う方が楽なの。あなたにも少しは私向けの、ちゃんとした何かがあったなんて、知ったら……うまくやりたかったって、思うから。うまくやれたんだって、思うから。

 夢の中のあなたは、私の手を引いて公園に行く。髪を撫でる手がぎこちない。熱い手が、触れていいのかとためらっている。優しくしないで。あなたは私でしょう。あなたが私をどう撫でるか、こんなにずっと覚えていることを思い出させないで。

 あなたと、学生の時に逢っていたら良かった。そしたら、ただのクラスメイトでいられた。きっとあなたはクラスの中心。私は教室の隅で読書。あなたの隣には孔雀のような恋人。ダメ元でチョコも送らない。私は諦められたはずだった。

 最後に甘い夢を見せて。馬鹿馬鹿しいくらい、やりたかったことを詰め込んだ夢を。本当のあなたを更新する夢を。


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紅茶と蜂蜜
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