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0の0乗 式をたてる

(承前)

「奥歯がぐらついている。上の奥歯はとうに抜歯したから、下の奥歯がぐいっと盛り上がってるんだよ。舌で触らないように気をつけようと思うほど気になってつっつくたびに激痛が走るんだ。がんがあるのは、激痛でいてもたってもいられない奥歯のちょうど下のあたりだったよね。ひとつ訊いておきたいんだが、もしこのまま抜歯したらだぜ、下のほうにたまっているがん細胞が、噴水みたいに出てこないとも限らないよね。入院は来月なかばだけど、なんかもう、はやいとこ入院したい感じだ。今週も放射線治療の説明のほかに口腔外科の診察があるんだよ。身心のぶれ幅がますます大きくなってきてるみたいだ」
「調べてみたけど、放射線療法が第1チョイスで問題ないみたいだね。国立がんセンターの先生の答えなので間違いないでしょう。口腔外科の診察があるのは、放射線治療後、歯を抜くと顎骨壊死になる可能性があるからだね。顎骨壊死したらそれこそ顎を切り取らなくてはいけない。抜歯だったら放射線前だろうけど、基本的に3週間は放射線治療は待たねばならないようだ。さっき航空券の値段を送ってもらったけど、ポルトガルは11月以降か、来年になりそうだね。そんなに頻繁に歯が痛くなるなら、治療がはじまってから手に負えなくなる前に、抜いてしまった方が良いのかもしれないね。口腔外科の判断次第だけど。インプラントができないくらいは問題ないけど、顎のどこまでの範囲の歯が治療不可だったりするのか、僕も訊いてみるね。歯の治療にもいろいろあるから。歯石取りもその近辺はやはりできないと思う。しかし、加齢と共に今後全く虫歯や歯周病の罹患を防げるかどうかはわからないよ。小さな齲蝕ならともかく、歯の治療は顎骨との関わりは少なからずあるから」
「ちょっと待ってくれ。いつからドSになったんだい?」
「顎骨壊死や骨髄炎は恐ろしいから絶対に避けたいよ。ともかく治療後のリスクを鑑みて抜く歯は抜いて、万全の体制で治療に臨むしかないな」
「今回具体的には、CTを撮りながら放射線をあててだんだん強くして絞り込んでいくやり方をするらしいんだ。セカンドオピニオンについても尋ねられたけど別にないよね? あるとしたらBNCTかメスだろ? 抗癌剤は併用するみたいだから」
「15年前、2008年に僕は手術入院してるんだけど、君から励ましのメールとかたくさんもらってたよ!ありがとう! こともあろうか、ミシェル・ウェルベクの本を入院中に読んでみたら、とか勧めてくれてたよ。車のサイドミラーにお土産の白い封筒置いたよ!」
「ありがとう。ところでいつから……」
「ともかく放治後のリスクを鑑みて抜く歯は抜いて、万全の体制で治療に臨むしかないな。口腔内の粘膜は放射線治療などでは火傷しやすいよ。噴霧するステロイドの薬で何とか痛みを和らげるんだけど、痛みも酷くて食べられなくなることが多い。しっかり食べるのは闘病生活の仕事みたいなものだから。それで、口の中を不潔にしておけば、その炎症の状態は物凄く酷くなるし、あらゆる感染症に罹患しやすいので、口腔内のケアは大事になるよね。自分でケアできる場所は口の中くらいしかないというのもあるだろうけど。フジロックは日曜日に久々に行こうかと思ってたよ。君は難しいと思うけど、はやいものでいよいよ来週に入院だね。不安もあるだろうけど、戦うしかないよね。君の場合だけど、虫歯もないし、悪い歯も抜いてあるし、比較的管理しやすいと思うよ。それは良いことだよ。火傷が小さくてすむので」
「そこまで詳しく説明してもらえて心強い限りだよ。ところで、いつからドSに……」
「あとビタミンCとか多めにとるのが良いみたい。うちの父はビタミンCよく取ってた。ビタミンCの大量摂取療法もあったんだとか。というよりも、ライナス・ポーリング博士のことが好きだったんだろう。誰にも相手にされない民間療法になってしまったビタミンCだから(笑)。同じ科学者として同情したたのかな」
「君は凄腕の口腔外科医だ! ところで……」
「正岡子規はうちの母の愛読書なのだが、やはり闘病という意味で『病牀六尺』かなと。重なるところもあるだろう、精神的に。そう思って何か癒されることもあるかな、先人の体験に、と思って、たまたま手元にある新品を送ってみたわけだよ。脊椎カリエスはそれは激痛のひびだったわけだが、まあ、闘病としては先人だから、子規に励まされることもきっとあるだろう、そう思った。無駄ではないと。子規は俳句よりもエッセーの方が面白い。10年以上前に道後温泉に旅した時も、子規と漱石の記念館みたいなところがあって、けっこう楽しかったのを覚えている」
「いつから……」
「無事に届いたんだね! 良かったです」
「ドSに……」
「ハバナまだあったな」
「え!」
「君が回復したら火をつけよう」
「そうだな。ハバナはもうキューバ以外で入手不可能になったみたいだよ。ほんとに自然のタバコというのは一服吸ったら倒れるぐらい強烈だったけど。ベトナムの山奥で」
「ふかすものなんでしょ?」
「ベトナムだと水パイプで吸うけどな。キセルでポンとも違うんだ。葉巻は吸わないよ。ふかすんだけど、ちょっとしたこつがいる。
吸い口をどうカットしてなにをつけるかとかいろいろあったはずだよ。結論は酒もタバコもいいものはいいかな。ハンバーガーもいいものはいいよ」
「そうだ。スヌープのお料理教室ってのがあるんだけど」

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「ずっこけた」
「しかし、この筋肉はすごい。ずっと維持してるんだね。2000年代から。俳優もしてるしね」
「さっき鉄棒でさかあがりしてきたよ。僕もダンベルは10キロだよ。ゆっくりやるんだよ。じゃないと腕痛めるから。これは重さ変えられるから結構いいよ。筋トレというのはたぶん脳内物質出るんじゃないかな? ゴルフは脳にもいいはずだ。僕の場合は、姿勢と視覚と視野の矯正が半分だけどね」
「うちらの高校のこともいつか書いてくれるんだろう?」
「もう書いたのあるけどな」
「うちらはジジイになってもきっと楽しいよね! 僕はバーベル持てないけど」
「なこたない」
「ところで、君こそいつから……」
「10キロぐらいじゃ筋肉はつかないよ。筋肉つけるには自分の体重ぐらい持ちあげないとダメらしい。最低でも懸垂かな。あのよくあるくるくるローラーのほうがこれよりぜんぜんきついよ」
「僕は無理。膝立じゃないと無理」
「腰痛めるから。鉄棒で懸垂が楽だよ」
「ところで、いつから、ドSに……」
「背筋ものびるしいいんだよ。筋トレしてたらこれぐらいはハードじゃないらしいよ。ちなみにこれを僕にくれた人は片手で20キロか30キロだから、軽すぎて清野にあげるって言ってたぐらいだよ」
「ところで……」
「そうだ。お守りといえば、ちょうどこの身代わりがなかったんだありがとう! これはあれだよね。首からぶら下げるのと、修行の時にも使うやつ。長いこと成田山のを持ってたけど、親父の棺桶に入れちゃったんだわ」
「いやいや。神さまはどうかな。気休めかもしれない。今日も病院だったよね気をつけて。疲れるだろうけどしっかりね! 応援してるから」
「それがさあ。抜いただけだった」
「抜いたところは大丈夫かい?」
「がんが噴水みたいに出なかったんだよ」
「君っていつから……」
「なのにだぜ。同意書がA4で4枚もあって、それが「本編」で、それに「同意します」という同意書を書いて、それから、情報共有の同意書を書いて、院外薬局のああだこうだにはこないだサインしてた。てな感じ。バドワイザーゼロ、ダメかなまだ? まあ大丈夫そうだけど、結構痛いなこりゃ。バタンキュー。甘いお菓子食べたら、ギグ。そしてドラッグストア行ったらすごいブツ発見したんだよ。カフェイン・クロレッツ。ただの毒だろ。ところで、夏はどこに行くことにしたの?」
「リスボンへは来年だね」
「親父の命日になにも出来ずにいる自分が悔しいけど」
「抜歯はすでに痛くないよね? 鎮痛剤飲んだかい? 抜いた歯のせいではないんだろうね。もう痛みが出なくても良い時期なのだから。やはり患部からの関連痛かな?」
「いつも心配ありがとう! ブルームバーグに出てたけど」

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「GPIF、日本カストディ銀から全資産引き揚げ-2年間で81兆円超」 

「ワグネルがニュースになってたぞ」

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「よくわからないよね。フランスのデモはよくあるけど」

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「アサンジは釈放か」

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「ブケムってこれ人間!」

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「ロジカル・プロジェクションいいよな」
「『エレ二の帰郷』って持ってないよね」
「『霧の中の風景』をなんか最近思い出してた。うちの父親はどうしてアンゲロプロスが好きだったんだろうか」
「昔、DVDセット借りたよね。僕は最初パリで観たんだが。それで、切符を買って、ギリシャのテッサロニキへ行ってみたんだ」
「白い腕の遺跡が揚がったところかな?」
「僕が行ったのは真冬だったけど霧はなかったと思うよ」
「そうなんだ。はやいもので、今日はPCR検査で、もう入院かい? このぶんだと、2か月半はあっという間だと思うよ!」
「夏休みはどこへ行くんだい?」
「この原稿を書いている君が、さっきまで吉祥寺で話していたオーストラリアに行く予定だよ」
「わかってはいたけど、岡潔の講演見つけたよ」
「0の0乗」
「じゃなくて」

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「知、意、情、で最も大事なのは情って勉強になったよ!」
「岡潔の、情、は独特だけど。多変数複素関数はともかくとして、式をたてる、だ」
「じゃあ。そろそろフライトの時間だから」
「ボンボヤージュ」


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