2023年8月18日 「ファスビンダーとエドワード・ヤン」

昨夜は眠れなかった。悶々としているうちにメンタルがやられてきた。『NOPE』のチンパンジーやなんかを思い出して恐ろしくなったりした。

今日も家を出る時間が遅れる悪癖を発揮して、映画に間に合わなかった。とはいえ今は観たい映画が山ほどあって、代わりにライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの特集上映で『マリア・ブラウンの結婚』を。以下ネタバレあり。

最初、ヒトラーの顔写真が砲撃で落ち、壁に穴が開く。中では結婚式。人が建物から逃げていく。建物はどんどん崩れる。戸籍の紙が散らばる。牧師(?)も逃げようとするが、軍服を着た新郎が捕まえる。新婦は自分たちの婚姻届を探し当て、牧師のところまで持っていく。サインさせる。

恐ろしくも滑稽なカットから始まる。戦争が終わっても帰ってこない夫ヘルマンを待つマリア・ブラウン。共に結婚生活を過ごしたのはたった半日。米兵向けのバーで働き始めるマリア。やがて親友ベティの夫ヴィリーが帰り、「ヘルマンは死んだ」と聞かされる。絶望し、バーで知り合った黒人米兵ビルと恋仲に。収入を得、英語を教わり、子供まで身籠る。しかし裸のビルに抱かれているまさにその時、ヘルマンは帰還する。揉み合いになるビルとヘルマン。マリアはビルを瓶で殴り殺す。

マリアの罪を被って服役するヘルマン。マリアは列車で出会ったフランスとのハーフの資本家オズワルトに雇われる。オズワルトと会計士ゼンケンベルクのもとで通訳として働くが、その仕事を超えた活躍を見せ、みるみる出世。オズワルトの愛人になる。結婚を頑なに断るマリアを不審に思ったオズワルトはヘルマンの存在を突き止め、面会する。

まあ、粗筋はとりあえずここまでで。

思いがけず素晴らしい作品だった。マリアは「好きと愛とは違う」と言い、オズワルトとの関係を夫に伝える。ヘルマンも別にやめろとは言わない。米兵のビル、資本家のオズワルトと相手を変えて関係を持つが、どちらもマリアは食い扶持や出世のためなのか、本当に恋なのか、観客にはわからない。

私が好きなのは会計士ゼンケンベルク。もしかしたら彼はオズワルトに対して同性愛的な感情を抱いているんじゃないだろうか。そしてマリアはそれに気づいているのではないか。想像の域を出ないが、意図してつくっている部分はあるんじゃないだろうか。

また、マリアの言動の端々にはフェミニズム的な部分が見える。米兵に性的なからかいを受けたら、「気軽に話しかけないで」と言い、バリバリ仕事をして出世し、自分で家を持ち、「私の意識に現実が追いついていない」と言う。

以下結末までの粗筋。

出所したヘルマンはマリアに黙ってカナダに行き、バラを1本ずつ送り、成功したら戻るという。独立し、財を成して家を建てたマリア。そこに家族を住まわせることはない。オズワルトは死んだ。やがて帰還するヘルマン。病に倒れたオズワルトの遺言は、遺産の半分をマリアに、もう半分をヘルマンに遺していた。マリアはオズワルトがヘルマンの存在を知っていること、遺産を遺す契約を交わしていたことを知らなかった。ワールドカップのラジオ実況中継が流れ、ドイツの優勝が報じられる中、マリアはガスを出したままにしてしまっていたコンロでタバコに火を点けようとして、爆発する。

この結末が衝撃的だ。事故か自殺かわからない。が、自殺のように思える。直前の遺産相続の伝達場面、オズワルトからヘルマンへの「同じ女性を愛した男云々」という言葉は、マリアへの言葉に比べて圧倒的に長く、熱量が高い。愛した女性より、同じ女性を愛した男性との関係を重く見る、というまさにホモソーシャル的な「男同士の絆」が現れる。自分の意志と実力で成功したマリアは、それでも自分の預かり知らぬところで交わされていたホモソ的なやりとりに絡め取られていることに、そのような明確な概念とともにではなくとも、気づいてしまったのかもしれない。

休む間もなく『エドワード・ヤンの恋愛時代』の4Kレストア版を。90年代の台湾映画。経済発展に沸く台湾。財閥の娘モーリーは自分の会社をワンマン経営。婚約者でモーリーとは「一国二制度」の結婚をしようとするアキン。愛想がよく誰からも好かれるモーリーの親友チチ。チチの婚約者で公務員だが感情に左右されがちなミン。人気演出家で芸術家ぶるが実際には俗物のバーディ。女優を諦めモーリーのもとで働くフォン。アキンを操りフォンとも不倫関係にある胡散臭いラリー。

粗筋はかなり書きづらい感じなので省略するが、前半はとにかく「こいつらマジで……どいつもこいつも何なんだよ」という気持ちになる。モーリーは自己中でワンマン。アキンはラリーの言いなりでモーリーにも自分の本心を言えない。チチは作中で最も善性の人間だが怒らないのでもどかしい。ミンはチチに対して「君のために言ってるんだ」と言ってチチの勝手だろという点についてモーリーに余計なことを言って状況をかき乱す。バーディはただただ俗物の小物。フォンはそもそも妻子あるラリーと不倫してる時点でアレだが色んな人の間をふらふらする。ラリーも妻子ある身でフォンと不倫してる上にモーリーを口説こうとしたりアキンをいいように操ったりして最悪。

途中まで本当にキツいので最終的な評価にも影響しちゃうのだが、ところどころのショット、モーリーとチチの関係、チチとミンの関係の変化の結論なんかは素晴らしかった。

特にモーリーとチチのプールサイドでのシガーキス。終盤の未明の窓際での二人のシルエット。素晴らしく美しいショット。ジャン=ジャック・べネックスの『ディーバ』の凱旋門を横切るシーンを思い出した(シルエットを使ったシーンの中で、私はあれ以上美しいシーンを知らない)。そしてラストシーン。思わず観客の頬も綻ぶチャーミングさ。鑑賞後感はとても良い。もっと大人になってから観たら違う感想になるのだろう。

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