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映画本編集者対談『秋山邦晴の日本映画音楽史を形作る人々/アニメーション映画の系譜』をめぐって~高崎俊夫×朝倉史明「これは秋山邦晴の青春の書だ!」

音楽評論家・秋山邦晴(1929~1996)が1971年から78年にかけて63回にわたって「キネマ旬報」に執筆した、伝説の連載「日本映画音楽史を形作る人々」がついに書籍化された。本書の編者ふたりが語る、秋山邦晴、およびこの本の魅力、そして映画音楽の楽しさとは。

“脱領域”、という衝撃

高崎 この本に限らず、秋山さんの文章は、内容がすばらしいだけでなく、じつに美しいよね。
朝倉 高崎さんは以前、「吉田秀和を連想させる」とおっしゃっていましたね。私は吉田秀和も好きですけれど、文章が美しいということに加えて、平易である点も共通していると思います。わかりやすい。
高崎 ふたりとも、「音楽を言葉にする」ということに真剣に向き合っていたと思うんです。吉田はクラシックの評論家だったけれど、秋山さんが手がけていた映画音楽の評論は、音楽と、劇中の音響に加えて、画面の問題もあるわけでしょう。論じる場合は当然、映画のことも詳しくなければならない。言うまでもなく秋山さんは映画をよく知っていたし、クラシックはもちろん、現代音楽、そして歌謡曲を含め、音楽全般をフォローしている知識の幅広さがあった。そういう意味で、僕は本書の「はじめに」で、 “脱領域”という由良君美の造語を使ったわけだけれども、映画音楽をこんな風に語れる人は当時いなかったし、秋山さんの文章を一読して、あまりのすごさに「なんだ、この人は!」って、びっくりしたんですよ。それで、特にひとりひとりの作曲家を取り上げた「作曲家」篇は、掲載時に本当に熱心に読んだものでした。
朝倉 本書のもととなる連載が始まった頃、私はまだ生まれていませんでしたが、衝撃は想像できます。後年になってまとめて読んで、今、高崎さんがおっしゃった点はもちろん、内容の重要さにも驚いて。「なんでこの完全版が単行本になっていないんだ!」って、ずっと怒っていました(笑)。
 高崎さんは、全63回のうち、どの回が印象に残っていますか。
高崎 溝口健二監督の『赤線地帯』の音楽をめぐって、公開当時に作曲家・黛敏郎と映画評論家・Q(=津村秀夫)との間で交わされた論争を取り上げた第16回(本書147~156P所収)ですね。この回は特に興奮して読んだなあ。
朝倉 『赤線地帯』論争というのは、まず津村が「週刊朝日」に「音楽の失敗がひびく――『赤線地帯』(大映)」という批評を書いて、この中で黛がつけた音楽について「内容に合わない」「大誤算」「失敗」と断じた。これに対して黛が反論の筆を執って、津村が再反論する……という流れです。津村秀夫は戦前から影響力を持っていた、映画評論界の、いわば大権威だったんですよね。
高崎 もう大権威ですよ。その権威を笠に着て、威張っていたんだけども、しかし、書くものはちっとも面白くなかった(笑)。蓮實重彦さんも高校生の頃、先輩だった三谷礼二さんと一緒に、「週刊朝日」を、津村の評論をバカにするために読んでいたと言っていました。でも彼らのようなマセた学生は例外です(笑)。
朝倉 この『赤線地帯』論争は日本映画史に残る応酬、とされていますが、これは大御所評論家に気鋭の若手作曲家が敢然と立ち向かった……という構図にもなっています。
高崎 秋山さんは、黛へのインタビューを交えてこの論争を総括しているけれども、旗幟を鮮明にして、旧弊な津村を批判し尽しているね。
朝倉 そもそも、黛に音楽を任せた巨匠監督の溝口健二の英断がすごい、と思います。
 私は『赤線地帯』を何度か観ていますが、あの曲を聴くたび背筋が寒くなるんですよ……。あの音楽が、本当に作品世界と合ってないかどうか。「これから観ます」という人の感想を、ぜひ伺ってみたいです。「では、違う音楽だったらどうなっていたか?」、「溝口の映画の常連作曲家だった早坂文雄が存命であったら、どういう曲をつけただろう?」、といった想像するのも楽しい。
 この本を店頭で見かけて、買おうかどうしようか迷われたら、この回だけ読んでみていただきたい、と編者としてお願いしておきます(笑)。

連載がさらに続いていたら……

朝倉 高崎さんはアニメーションもよくご覧になっていたんですか?
高崎 いや、アニメはさほど詳しくなかったんですよ。だから「アニメーション映画の系譜」篇についてはゲラの段階になって初めて読むものも多かったんですけれども、連載全体を通読して改めて、「やはりこれはとてつもない評論だな」と思いましたよ。
 アニメについてはね、たしかこの連載で知ったことで興味を持って、『くもとちゅうりっぷ』を見に行った記憶がありますよ。ちょうどフィルムセンター(現・国立映画アーカイブ)で見る機会があったんです、戦前のアニメの回顧展とかね。
朝倉 私も、もともとはアニメ作品には詳しくなかったんですが、秋山さんが言及されているアニメは観ておかなければ、と思って、杉並アニメーションミュージアムや、フィルムセンターなどで少しずつ、いろいろ観たんです。どれも素晴らしくて、己の不明を恥じました。
 なかでも人形アニメーションの豊かさには感動させられました。持永只仁の『こぶとり』に、溝口健二の映画での仕事で知られる美術監督の水谷浩が参加していた、ということも知らなくて。驚きでした。
高崎 連載が終わった後の1982(昭和57)年になって、それまで“失われた作品”と思われていた『桃太郎・海の神兵』のフィルムが発見されて、1984(昭和59)年にフィルムセンターで上映され、大変な話題になりました。連載では、この作品については監督の瀬尾光世さんの証言だけで構成していたけれど、もし発見時にもまだ続いていたなら、秋山さんは改めて関係者にインタビューしたでしょうね。
 亀井文夫監督の『戦ふ兵隊』のように、ですよね。秋山さんがずっと観たいと思っていた『戦ふ兵隊』のフィルムが、連載のさなかに発見されて、ついに観ることができた。第38回と第39回(本書367~385ページ)がこの映画についての章になっていて、秋山さんは音楽を手掛けた古関裕而と亀井監督と一緒に鑑賞し、その直後のインタビューを掲載しています。三人それぞれの感激と感動、気持ちの昂ぶりがダイレクトに伝わってくる素晴らしい回です。
 『桃太郎・海の神兵』も、再上映時には、監督の瀬尾光世さん、影絵を手掛けた政岡憲三さん、音楽の古関さんなど、ご存命でしたから、秋山さんはインタビューしたかったでしょうね。
高崎 秋山さんは、この連載に大幅加筆した単行本『日本の映画音楽史1』(田畑書店)を出しているけど、その2巻か3巻ででも、それを収めたかったんじゃないかしら。

眞鍋理一郎の映画音楽の良さ

高崎 『日本の映画音楽史』という本は、連載がある程度まとまってから、秋山さんが順番を並べ替えて再構成して、加筆・修正を施したものだったでしょ。奥付で続巻が予告されていたけど、何らかの事情でかなわず、未完のまま亡くなられてしまった……。
朝倉 日本映画と日本の映画音楽の歴史を、まさに流れに沿ってとらえようとしている本でした。巻頭が、トーキー映画の『マダムと女房』と『黎明』についてです。
高崎 今回の新刊は、秋山さんの連載を掲載順に収めたもので、連載第1回が、当時現役バリバリで活動していた佐藤勝ですね。
朝倉 1971年のことですから、佐藤さんのキャリアとしては、音楽を担当された岡本喜八監督の『激動の昭和史 沖縄決戦』が公開された年にあたります。
 佐藤さんの活躍ぶりに比べて、第6回で取り上げられている芥川也寸志は、掲載時は少し映画音楽から離れていた時期で、秋山さんの論調はそのことを嘆く形になっている。しかし芥川さんはその後、『八甲田山』や『八つ墓村』など充実した仕事をしていくことになるわけですが、もしかしたらこの記事で発奮したのでしょうか。
高崎 とにかく順番に読むと70年代という時代性もよく映りこんでいて、この点も読みどころになっていますよ。篠田正浩監督が新作のことをリアルタイムで話しておられたり、アクチュアリティが伝わってくるのは、雑誌連載のよさですね。
朝倉 あとこの連載の大きな特徴といえばやはり、作曲家や監督、さらには録音技師などいろいろな方々にインタビューをされている点ですね。なかでも、池野成さんとか、八木正生さんのインタビューは珍しいのではないでしょうか。
高崎 眞鍋理一郎さんへのインタビューもとても貴重だと思ったなあ。じつに生々しい証言になっている。眞鍋さんは大島渚と仕事上で決裂してしまったみたいで、秋山さんとの対話の中で大島批判も飛び出したりして、緊張感が漂っている……。
 しかし、眞鍋理一郎の映画音楽は良いよね。
朝倉 大好きです。やはり大島の映画の『日本の夜と霧』のテーマ曲はよく口ずさんでいますし、須川栄三監督の『ブラック・コメディ ああ!馬鹿』でのご本人の歌唱も素晴らしい……。ですから、連載での眞鍋さんの回を読んで、「映画はショウ・ビジネスだ」と、割り切ってしまうようなことをおっしゃっているのを正直、寂しく思いました。真鍋さんの曲には作家性が十分に感じられますから。
高崎 これも眞鍋さんが音楽を手掛けた、川島雄三監督の『洲崎パラダイス・赤信号』について、細野晴臣さんがエッセイで、「あの映画音楽が好きだ」って書いていましたよね。
朝倉 キネマ旬報での連載「映画を聴きましょう」で、ですね。細野さんは、あの映画の作品世界と音楽に影響されて、「洲崎パラダイス」という曲を作られています(アルバム「Vu Jà Dé」所収)。
高崎 何に限らず、本人としては軽くやったような仕事であっても、時代を超えて愛される、ということは、確かにあるんですよ。
 これは推測だけど、眞鍋さんは後年になって振り返って、秋山さんのインタビューの時は勢いで発言してしまったな、というようなお気持ちがあったんじゃないかしら。
 いずれにせよ、編集註で、眞鍋さんのご子息のお言葉を補足したのはよかったですね。当時のことを、現在、2021年に本を編んでいる編者側として註で補ったのね。
朝倉 そうなんです。それで、今、高崎さんがおっしゃったことにつながると思うのですが、かつてレコードで出ていた、日本の映画音楽のシリーズがありましたね、東宝のプロデューサーだった貝山知弘さんが構成をされている『武満徹の世界』などの……。
高崎 芥川也寸志とか林光、たしか八木正生のもあった。
朝倉 そうです、そうです。その中に『眞鍋理一郎の世界』もありまして。レコード版(1977年発売)の際は貝山さんによるインタビューで構成されていたライナーノーツが、CD化された際(2000年発売)では眞鍋さんが、「少なからぬミスプリントとともに、私自身の勘違い、思い違いが目立つのに気がつきました」、と、全部をご自身のご寄稿文に改めておられるんですよ。このなかで、こういうことを書いています。
 「……『青春残酷物語』をはじめ、大島さんが松竹を退社するきっかけとなった『日本の夜と霧』まで、私は夢中で大島組と取り組みました。(中略)思えば、この時代が私の映画音楽の青春だったのかもしれません。……」
 「夢中で取り組んだ」、「青春だった」、という記述がうれしいんです。この連載でのインタビューや、レコード版のライナーノーツでのインタビューとは論調が違う。やはり、後になってご自身のお仕事に誇りを持たれたんだと思います。
高崎 大島渚も、エッセイで、眞鍋理一郎に敬意を表しているんですよ。僕が編集した大島のエッセイ集『わが封殺せしリリシズム』(清流出版)にも収めたんだけれど、武満徹に寄せた文章(「ただ一人の天才――武満徹」)に出てくる。
朝倉 「……真鍋さんは私の期待通りに私の初期作品のために優れた音楽を書き、特に『太陽の墓場』は絶賛を浴びた。……」と書いているんですね。
高崎 大島映画の初期の音楽は眞鍋理一郎によるものだった。その後は『悦楽』を湯浅譲二さんが担当されたり、林光や武満徹と組んでいくわけだけれど、大島にとって、最初期の作品群はもっとも重要な時だったでしょう。『太陽の墓場』の川又昂のキャメラはパワフルでものすごいけど、眞鍋のリリカルな音楽はそれと堂々と渡り合ってる。
朝倉 伴淳三郎や小澤栄太郎、浜村純など個性派俳優がたくさん出ている、熱い、暑い(笑)、強烈な映画ですが、ギターを主体とした音楽が実に美しい。大島の初期の、“政治の季節”、というのでしょうか、ちょうど眞鍋さんが担当された『愛と希望の街』から『天草四郎時貞』までの音楽は、どれもとてもいいです。
 ちなみに『洲崎パラダイス 赤信号』についても、眞鍋さんは先に紹介したCDのライナーノーツで、「初めて映画らしい楽しさを知った」と書いておられます。

「秋山邦晴」の名前をいつ知ったか?

朝倉 高崎さんは、秋山さんのお名前をいつ知りましたか?
高崎 秋山さんがこの連載が始まる前に、やはりキネ旬に書いた、「秀れた芸術がなぜ冷遇されるのか」で初めて知ったのだと思うけど、晶文社から出た秋山さんの『現代音楽をどう聴くか』も印象に残っています。1970年初頭の晶文社の本はどれも僕らの世代にとっては眩いばかりに輝いていたから。
 ところで僕は、秋山さんとはお会いしたことがないんですよ。
朝倉 高崎さんなら当然お会いしたことがあるんじゃないかな、と思っていたので意外でした。
高崎 「月刊イメージフォーラム」の編集部にいたから、映画音楽の特集をするときにお願いしていてもよかったはずなんだけどね。武満徹さんとは電話で話したことがあるんですよ。たしかタルコフスキーの原稿を依頼して、断られてしまった記憶があるけれども(笑)。
朝倉 高崎さんにとっての、秋山さんのイメージ、というと、いかがでしょうか。エリック・サティの紹介など幅広い活動をされた方ですが。
高崎 僕は映画ファンだから、秋山さんのお名前を聞くとまっさきに浮かぶのはやはりこの連載ですよ。
 それで、これは編者としてちょっと手前味噌な言い方になっちゃうんだけども、秋山さんには『エリック・サティ覚え書』(青土社)を始めいろいろと重要な著作があるけれど、この本は秋山さんにとっての“最重要文献”として生き続けるんじゃないかな。つまり、ここにはね、秋山さんご自身の青春の全部が詰まっている、“青春の書”だと思うんですよ。
朝倉 ああ、それは素晴らしい……。秋山さんにとってこの連載は、連載当時の充実したお仕事ぶりが反映されていることはもちろん、若い頃からの映画体験や、思索の遍歴が反映されている、ということでしょう。まさに満を持して書かれたものだと。
高崎 日本の映画音楽を、ここまで追求した人はいなかったよね。
 この連載と同時期の記事で言うと、竹中労さんの「日本映画縦断」とか、渡辺武信さんの「日活アクションの華麗な世界」などにも、同様に、書き手の青春が色濃く反映されている。キネ旬の白井佳夫編集長時代の連載は、どれも面白かったけど、白井さんはオーナーの上森子鐵に更迭されてしまった。結局秋山さんの連載も、このあおりを受けて途絶してしまったんだと思う。
朝倉 それで、いささか唐突な形で終わってしまったんですね。

秋山評論の特徴、良さ

朝倉 秋山さんの評論の特徴というと、やはり、読みやすさ、わかりやすさという点が挙げられると思います。
高崎 秋山邦晴夫人の高橋アキさんによれば、秋山さんは、50年代には難しい言葉を使って文章を書いていたようだけれど、年を経るにしたがって「啓蒙するために、できるだけわかりやすく書く」ということを意識していったんでしょう。そして、それは非常にうまく行っていますよ。
 また、論じる対象が映画であると、例えば現代音楽と比べると大衆性がある。だからわかりやすく書かざるを得ないと思うんです。現代音楽の場合は、それ自体が難解なものだから、どうしても難しくなりがちだけれどね。
朝倉 そうですね。
高崎 あと、秋山さんと武満徹は互いに影響を受け、また、影響を与えていた関係にあったと思いますね。特に、エッセイストとしての武満は、秋山さんからの影響をかなり強く受けているかもしれないなあ。
朝倉 先日、高崎さんと一緒にインタビューをさせていただいた武満徹さんのご息女の眞樹さんが語っておられましたが(※「キネマ旬報」2021年5月上旬・下旬合併号掲載)、秋山さんは「狂言回し」だったと。これはつまり、“触媒”の役割を果たしていた、ということでしょう。秋山さんが投げかけた言葉が、仲間たちを刺激して、新しい作品を生み出すきっかけになったんですね。
高崎 秋山さんは、心底、惚れ込んだ対象をめぐっては、ポエティックな文章を書かれるでしょう。ああいう詩的な美しい散文はなかなか書けませんよ。秋山さんはそもそも詩人だったわけで、その美点が作品評などにも色濃く出てくる。その白眉が前述の『戦ふ兵隊』の回だと思うんです。

この本をどう楽しむか

高崎 アキさんもこの本の中のインタビューで言っていましたけど、読むと映画を観たくなりますよね。秋山さんの文章は、再現能力というのかな、映像を喚起させるんですよ。呼び込み、という言い方もするけど、これは映画批評にとって大事なことで、観たくさせる、というのが映画にとっては最高の文章なんです。
朝倉 それは高崎さんの文章もそうですよ。
高崎 そう言っていただくと面映ゆいけど、うれしいです。
朝倉 秋山さんのこの連載を通じて私は、さっきも言ったように、実写だけでなくアニメーションにも目を向けるようになりました。
高崎 僕も『くもとちゅうりっぷ』を観に行ったりしたけど、アニメ作品も、もっと劇場で観る機会があるといいよね。
朝倉 秋山さんが「人形アニメーション」の回で取り上げておられる川本喜八郎と岡本忠成の作品群が4K修復されて、5月から上映されていますので、ぜひ観ていただきたいと思います(http://chirok.jp/news/detail.html?id=46 渋谷のシアター・イメージフォーラムでは6月4日まで。以後、全国で順次公開)。
高崎 この本は、事典としてのよさ、ガイドブックとしての効用もある。
朝倉 中で紹介されている作品を観て、インタビューや論評を読む、と。

映画音楽の楽しさ

朝倉 以下に、それぞれに、音楽が印象的だった映画を挙げましょう。

高崎・選「好きな映画音楽」
【邦画篇】
■不良少年(音楽:武満徹/監督:羽仁進)
■彼女と彼(音楽:武満徹/監督:羽仁進)
■熱海ブルース(音楽:武満徹/監督:ドナルド・リチー)
■からみ合い(音楽:武満徹/監督:小林正樹)
■私が棄てた女(音楽:黛敏郎/監督:浦山桐郎)
■あこがれ(音楽:武満徹/監督:恩地日出夫)
■日本春歌考(音楽:林光/監督:大島渚)
■影の車(音楽:芥川也寸志/監督:野村芳太郎)
■天使の恍惚(音楽:山下洋輔/監督:若松孝二)
■毛の生えた拳銃(音楽:相倉久人/監督:大和屋竺)
【洋画篇】
■夜行列車(音楽:アンジェイ・トシャコフスキー/監督:イエジー・カワレロウィッチ)
■ロング・グッドバイ(音楽:ジョン・ウィリアムス/監督:ロバート・アルトマン)
■探偵より愛をこめて(音楽:マーク・アイシャム/監督:アラン・ルドルフ)
■インディア・ソング(音楽:カルロス・ダレッシオ/監督:マルグリッド・デュラス)
■最後の晩餐(音楽:フィリップ・サルド/監督:マルコ・フェレーリ)
■恋(音楽:ミシェル・ルグラン/監督:ジョセフ・ロージー)
■トム・ジョーンズの華麗な冒険(音楽:ジョン・アディソン/監督:トニ・リチャードソン)
■美しき冒険旅行(音楽:ジョン・バリー/監督:ニコラス・ローグ)
■いつも二人で(音楽:ヘンリー・マンシーニ/監督:スタンリー・ドーネン)
■太陽はひとりぼっち(音楽:ジュバンニ・フスコ/監督:ミケランジェロ・アントニオーニ)

◎朝倉・選「好きな映画音楽」
【邦画篇】
■他人の顔(音楽:武満徹/監督:勅使河原宏)
■近松物語(音楽:早坂文雄/監督:溝口健二)
■甘い汗(音楽:林光/監督:豊田四郎)
■充たされた生活(音楽:武満徹/監督:羽仁進)
■書を捨てよ町へ出よう(音楽:J・A・シーザー/監督:寺山修司)
■悪い奴ほどよく眠る(音楽:佐藤勝/監督:黒澤明)
■日本の夜と霧(音楽:眞鍋理一郎/監督:大島渚)
■ときめきに死す(音楽:塩村修/監督:森田芳光)
■雁の寺(音楽:池野成/監督:川島雄三)
■機動警察パトレイバー 2 the Movie(音楽:川井憲次/監督:押井守)
【洋画篇】
■終電車(音楽:ジョルジュ・ドルリュー/監督:フランソワ・トリュフォー)
■フレンチ・コネクション(音楽:ドン・エリス/監督:ウィリアム・フリードキン)
■緑色の部屋(音楽:モーリス・ジョーベール/監督:フランソワ・トリュフォー)
■勝手にしやがれ(音楽:マーシャル・ソラール/監督:ジャン=リュック・ゴダール)
■ザ・ミッション 非情の掟(音楽:チュン・チーウィン/監督:ジョニー・トー)
■スローターハウス5(音楽:グレン・グールド/監督:ジョージ・ロイ・ヒル)
■アメリカの影(音楽:チャールズ・ミンガス/監督:ジョン・カサヴェテス)
■ロッキー(音楽:ビル・コンティ/監督:ジョン・G・アヴィルドセン)
■バリー・リンドン(音楽:レナード・ローゼンマン/監督:スタンリー・キューブリック)
■ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト(音楽:エンニオ・モリコーネ/監督:セルジオ・レオーネ)

朝倉 高崎さんは、映画のサウンドトラックって買っておられましたか?
高崎 思い出すとね、一番早かったのは……これはサントラじゃないけど、小学校3年ごろ、ドーナツ盤の『エレキの若大将』なんだよね。
朝倉 おお! 曲としては「君といつまでも」と「夜空の星」のカップリングでしょうか。
高崎 ええ。当時は加山雄三ブームで、みんな買ったんですよ(笑)。それと、洋盤の最初のドーナツ盤はNHKの「アンディ・ウィリアム・ショー」のテーマ曲だった「ムーン・リバー」。これも『ティファニーで朝食を』の主題歌ですね。
朝倉 連載時のキネマ旬報を見ると、サウンドトラックのレコードがたくさん出ていたことがわかります。
高崎 LPは昔は高かったんですよ。最初は中学生の時に買った『卒業』のサントラかな。サイモン&ガーファンクルのヒット曲が全篇に流れてるやつです。
朝倉 高崎さんが選ばれた作品を観ますと、邦画篇で5本が、武満が音楽を担当したものです。やはり武満は大きいですよねえ。私も2本選びました。
高崎 あと僕は、『私が棄てた女』の黛敏郎の音楽、特にタイトルバックの曲が、映画のテーマの苦さと相俟ってすごく好きでね。これはサントラを出してほしい。
朝倉 ディスクユニオンの「CINEMA-KANレーベル」で出してくれませんかねえ(笑)。
高崎 黛敏郎も大変な作曲家だと思う。モダン・ジャズを日本映画で最初に取り入れたりして、武満にもすごい影響を与えたんじゃないかな。武満もよくジャズを使ったよね。
朝倉 武満は、挙げておられる『からみ合い』、『熱海ブルース』の他、『白い朝』や『乾いた湖』もジャズでしたね。
 黛も『狂熱の季節』や『さらばモスクワ愚連隊』など、多くの作品でジャズを使いましたが、一方で、今村昌平の『にっぽん昆虫記』のような土着的な曲も印象的です。
高崎 川島雄三→今村昌平→浦山桐郎という師弟関係にある監督たちの作品は黛敏郎がやっている。
 あと、フリー・ジャズ系でいうと『天使の恍惚』ね。
朝倉 ああ。
高崎 もはや伝説だけど、当時、林美雄がTBSの深夜放送「パック・イン・ミュージック」で横山リエが劇中で歌う「ウミツバメ」を流していてね。まさか後年、サントラが販売されるとは思わなかったけど……。これは拙著(『祝祭の日々 私の映画アトランダム』(国書刊行会))でも書いたけど、このサントラには映画を降板した安田南が歌った「ウミツバメ」が収録されているんですよ。『ジャズ批評』の「日本映画とジャズ」特集で、山下洋輔さんに聴いてもらったら、「たしかにこれは南の唄声だね」って言っていた。そういう幻の音源もあって、入れておきたかったんだよね。 
朝倉 私も、安田南のことは、読んで驚きました。
 あと、『毛の生えた拳銃』も素晴らしいですね。音楽評論家の相倉久人が音楽担当としてクレジットされてて、テナーサックスが中村誠一、ドラムが森山威男。あと、チェンバロは誰なのか……。
高崎 あのチェンバロがいいでしょう。
朝倉 ええ。チェンバロによる、バッハの「ラルゴ」的な曲とか、印象的です。
高崎 『毛の生えた拳銃』で監督と脚本を手掛けた大和屋竺は、若松孝二にとって一種の知恵袋で、「若松を知的に鼓舞した唯一の人」と言ってもいい。鈴木清順も影響を受けていて、大和屋のメルヘン的な殺し屋の世界を『殺しの烙印』でやってしまい、日活を首になったんですよ(笑)。冒頭でキザな殺され方をする殺し屋に扮した大和屋も実にカッコよかったなあ。
朝倉 本当に大和屋竺の世界ですよねえ。
高崎 そして『毛の生えた~』にしても、大和屋は音楽のセンスも素晴らしいんだよ。
そして、これの対極として選んだのがセンチメンタルな『影の車』なんだけど。
朝倉 いわゆる“芥川也寸志節”全開の名曲です。
高崎 泣かせるんだよね。
さらに言うと、大島映画の林光の音楽は、どれも本当に素晴らしいよね。『日本春歌考』とか、『白昼の通り魔』もとてもいい。重要な仕事だと思います。
朝倉 『日本春歌考』も、チェンバロの音色が大変印象的です。大島渚の映画は、先の眞鍋理一郎はもちろん、『マックス、モン・アムール』のミッシェル・ポルタルを含めて音楽が良いのは、監督の耳が良いということなのでしょうか……。
 さて、洋画篇、となると、いかがでしょうか。
高崎 やっぱり『ロング・グッドバイ』は印象的だなあ。音楽は、あのジョン・ウィリアムス。彼はもともとジャズ・ピアニストで、そのジャズのエッセンスが全部詰まっている。このサントラ盤にはひとつの主題曲を、モダン・ジャズ、マリアッチ、ラテン、マーチとあらゆるスタイルで変奏されているナンバーが入っていて、愛聴しているんですよ。
 あと、『夜行列車』。ポーランド・ジャズといえばクシシュトフ・コメダが有名だけど、もうひとりアンジェイ・トシャコフスキーも凄いんですよ。この映画は観ているでしょう?
朝倉 いえ、観てないんですよ。
高崎 あっ、そうですか。この映画はアーティ・ショウの“Moonray”を全編で使っていて、ヴァンダ・ヴァルスカというジャズ歌手の気だるい官能的なスキャットだけのアレンジがすばらしいんですよ。コシミハルさんが、この映画の“Moonray”に惚れ込んでしまい、ステージでは必ずこのアレンジで歌うんです。とにかく隠れファンが多い。私はシネ・ジャズでは、ヌーヴェル・ヴァーグよりもポーランド映画のほうが好きなんだなあ。
朝倉 ポーランド映画が好きだという人はけっこういますよね。押井守もポーランド映画ファンだと公言しています。
高崎 そうらしいですね。『夜行列車』は機会があったらぜひ観てください。雪どけの時代のポーランドが抱える、独特の倦怠感が出ている、忘れがたい映画です。
 あと、『探偵より愛をこめて』。冒頭から全編、レナード・コーエンの“Ain't no cure for love”が使われていて、これが実にエロティックです。探偵ものだから、師匠アルトマンの『ロング・グッドバイ』の返歌みたいな、屈折したパロディのような味わいのある映画です。ビリー・ホリデイの絶唱で知られるスタンダードナンバーの“You Don't Know What Love Is”を主役のトム・べレンジャーを始め登場人物が、突然歌い出したりして、ファニーで可笑しいんです。ビデオでしか観られないけど、アラン・ルドルフと名コンビのマーク・アイシャムの最高作かもしれない。荒井晴彦も大好きらしいけど、劇場未公開の隠れた名作です。
 ジョセフ・ロージーの『恋』については、ミシェル・ルグランがピアノ&ロンドン交響楽団を指揮した『ミシェル・ルグラン 交響組曲「シェルブールの雨傘/「恋」』というアルバムがあるんですけど、これは最高です。
朝倉 『夜行列車』も『探偵より愛をこめて』も未見で、お話を伺うまではまったくノーマークの作品でしたが、猛烈に観たくなりました(笑)。
 私は、挙げた作品の中から1本だけお話しすると、高校生の頃だったか、原作と脚本を手掛けた安部公房の名前に惹かれて観た勅使河原宏監督『他人の顔』が、映画と映画音楽に興味を持つきっかけとなりました。タイトルバックに流れる武満徹作曲のワルツの美しさに衝撃を受けて、作品世界に引きずり込まれてラストまで没頭しきって観た、という記憶が鮮明に残ってます。それまでも映画は好きでしたが、この作品が決定的なものになりました。そして本作の音楽を含むサントラのCD、『オリジナル・サウンドトラックによる武満徹映画音楽』を買って、テープにダビングしてウォークマンで繰り返し聴きながら新宿西口付近を歩いたり(笑)……。そしてこのCDのライナーノーツに解説を書かれていたのが秋山さんで、そのお名前を覚えたのでした。だから私にとってこの映画は今の自分の、仕事や趣味の原点になっている。本当に重要な、生涯の1本なんですよ。
 私は、編者のひとりとして、本書を手に取った方が、秋山さんの文章を通じて、映画をご覧になって、音楽に思いを馳せたり、映画の楽しさを知ってくれたら、本当にうれしく思います。

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秋山邦晴の日本映画音楽史を形作る人々/アニメーション映画の系譜
~マエストロたちはどのように映画の音をつくってきたのか?

秋山邦晴 著 高崎俊夫+朝倉史明 編集
カバーデザイン:西山孝司 本文組版:真田幸治
A5・並製・672ページ 本体5,800円+税
ISBN: 978-4-86647-107-5
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK263

秋山邦晴(あきやま・くにはる) 
1929年生まれ。音楽評論家、作曲家。戦後を代表する芸術グループのひとつである「実験工房」に武満徹や湯浅譲二らとともに参加。音楽作品に、「東京オリンピック選手村 食堂のための環境音楽」など。著書としては前掲書の他、『現代音楽をどう聴くか』(晶文社)、『日本の作曲家たち 戦後から真の戦後的な未来へ』上下(音楽之友社)、『エリック・サティ覚え書』(青土社)、『昭和の作曲家たち』(編:林淑姫、みすず書房)、武満徹との共著に『シネ・ミュージック講座―映画音楽の100年を聴く』(フィルムアート社)などがある。1996年逝去。
高崎俊夫(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。編集者・映画批評家。『スターログ日本版』『月刊イメージフォーラム』編集部を経て、フリーランスの編集者に。編著に、女優・芦川いづみのスチール写真や最新インタビューをまとめた『芦川いづみ 愁いを含んで、ほのかに甘く』(朝倉史明との共編・文藝春秋)、『日活アクション無頼帖』(ワイズ出版)、『わが封殺せしリリシズム』(大島渚、清流出版)、『スクリプターはストリッパーではありません』(白鳥あかね、国書刊行会)、ほか多数。著書『祝祭の日々 私の映画アトランダム』(国書刊行会)はキネマ旬報「映画本大賞」を受賞。
朝倉史明(あさくら ふみあき)
1974年、神奈川県生まれ。編集者。大映映画スチール写真集『いま見ているのが夢なら止めろ、止めて写真に撮れ。』(責任編集・監修:小西康陽、DU BOOKS)や、2016年版から毎年発行している『名画座手帳』(企画・監修:のむみち、往来座編集室)、1968年に引退し今も根強い人気を誇る女優・芦川いづみのデビュー65周年記念の単行本『芦川いづみ 愁いを含んで、ほのかに甘く』(高崎俊夫との共編、文藝春秋)などの編集の他、日活映画『事件記者』シリーズのオリジナル・サウンドトラックCD(CINEMA-KAN Label、音楽:三保敬太郎)のプロデュースを手掛ける。

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