2021/09/11
少しずつひんやりとした風に包まれて
秋やなあ〜と毎日ゆっている。
かと思えば、夏のような日差しが差す日もある。
秋の桜がさわさわしている。
まだまだ頑張っている夏のお花たちもいる。
いつまでも名前が分からへん橙のお花もそよそよ。
多分一生調べることはない。
知りたがりやけど知らんこともいいなと思っている。
たてほこたてほこ。むじゅんむじゅん。
桃色、白色、橙色、濃ゆい桃色、わたしは欲張り。
去年まではよくお花摘みをしていた。お子さまなのでおもちかえり。おうちで専用花瓶へ。(捨てられなかったゼリーやプリンの可愛いカップが活躍する唯一の時)
お部屋の生温い空気なんかで枯らしてしまうのに、居心地のいい自然からお引っ越しさせてごめんね。あなたたちとずっとお話してたかったのよ。
ワガママで、オトナになれない。
すき、きらい、すき、きらい、すき、きらい、すき。ひらひら花占い。信じてもいい?
長月、9月。去年は大切なことが2つあった。
だからこそ揺れが大きいのかもしれないな。
1つはひーちゃんがお空に溶けていったこと。
ひーちゃんとの交換ノートを時々している。わたしの話を聴いてくれてありがとう。ひーちゃんの目には見えないメッセージをいつも受け取っていることで、パワーを充電している。見えないものを信じることは大切。
わたしのできることはただ生き続けること。
そう教えてくれたからわたしはまっとうしたい。
今はずっと側におることを愛おしく、強く思う。
大丈夫、ひとりじゃない。
ひーちゃんの写真は澄んでいてきれいだ。
今回、全部のお写真をひーちゃんの作品たちにしました。ひーちゃんエッセンスがたっぷりのっている。わたしだけの中に留めておきたいと思う時期もあったけれど、少し時間が経って、素敵なものは共有したいと感じているから、ここでおすそ分けをしようと思う。
もうひとつはわたしもやっと卒業したこと。とても濃ゆい大学生生活。未だに感慨深い。ほぼ10年。
フィルター無しでわたしを見てくれる先生たちに恵まれ、健やかで可愛い後輩に囲まれ、安心な居場所をつくった。なんといってもツインソウルに出会ったこともわたしの自己決定の豊かさからきた宝物。わたしの復学という選択なくしてはこの出会いもなかったかもしれない。あ、もう一度違うアルバイトもした。意外にもいい経験だったと思う。(いつかこっそり書きたい)復学後のわたしの積み重ねは、複数のわたしの存在を認める練習になったかけがえのない時間。
ラポーオオオル!!(使いたい)
ストレングスっ!!(これで完璧)
わたしの人生は、自己内対「話」を繰り返しながら、自己内対「和」へ広がっている。
広がれ!輝きの「和」!!
そんな環境の中、好きなことを学べたことがわたしの自慢。ちゃんと今に続いていることも。わたしのわたしによるピア。
金木犀、香りが充満…もうそれは秋。
(車に乗ると五感が脆弱な気がする…ことし)
綺麗になった新しい図書館のよこの道。何回通った?未知数。あの道がいちばん季節の香りがする。胸いっぱいに吸い込むとほっとしたなあ。
9月でもジリジリとした仮校舎の研究室。もわぁっとした空気を切り裂いて、勢いよく走りまわった。先生たちの待つお部屋を息を切らしてハシゴ。これだけ色んな先生たちの研究室を知っているのはわたしだけだろう。
女坂の上で待つかき氷とやきいもの中間地帯。特別なカルピスのあいがけもわらび餅のおまけも、甘い甘い芋けんぴもわたしをずっと支えてくれた優しさ。
TR茶までのさくらの小径。今日のメニューを毎週確認してお腹とこころを満たした。お釣りの200円とおまけのお菓子を握りしめて、おじちゃんの愛情たっぷりの夜ごはんもヒミツでぶら下げた帰り道。
小さなしあわせやこの思い出たちが、わたしを作る最も強いものだってこと。これが今の状態も含めた全ての複雑な事情をとびこえられるってこと。わたしは信じているからね。
コロナとか何もかもなくなったら、成長のお土産をもって京都へ行こう。
そろそろ先生たちにメールをしたいのだけど、もう少し気持ちを落ち着かせたい。11月頃までには。
調子は、感情を受け入れつつもまだまだという感じ。
この間は仕事をしながら頭を抱えて泣いてしまった。限界のわたしを認めていたので、切り替えは上手くいった。迷惑のゴミ屑が空気をギクシャクさせたと思い込んだけれど、まわりのあったかさもあって、そんなことないかなと思えて、その日を乗り越えた。
ワケガワカラナイのに、大丈夫なことはすばらしい。かっこいいよ。はなまる。はなまる。感謝。感謝。
新しい明るい感情発見もあった。柔らかくてまるい。そのきもちにヒミツの名前もつけた。穏やかであり不安もあるけれど素敵なきもち。
不安定でザワザワしていたって時間は過ぎていくし、やるべきことをやらないと。勉強しはじめた。夜のリスニングにほいくん聞き流しがプラスされた。そろそろ全教科合格がほしい。苦手科目が残っているけれど、ほんまは心理学とかを掘り下げて勉強したい。でもそんな流暢なことは言っていられない。あと2つ倒すぞ。
でも頭が小さいから、日々の生活におぼえたことが占領されている。溢れていっている。受け皿が足らないよう。
でも今まででいちばん状態はいい受験になると思ってる。言い訳はしない。(コロナは心配)
寝る前に他に柔らかい音楽を聴きながら眠っている。
今日より少しでも良い明日が待ってますようにと優しい音にのせて、お願いしながら眠りの世界にストンと落ちていく。
さいきんよくみるむかしの夢。過去へのタイムワープ。毎回夢のなかみは違うけれど、不安定な今は過去にしがみつきたく、一生目覚めたくないような。
なんてのみんなと話して、高校時代を思い出したことがはじまりのような気がする。
崩壊前のファンタジー。お姫さまのものがたり。
夢から覚めるのがいやでいやで、もうこの世界から抜け出したくなくて、この世界にずっといられたらいいのにってずっと思った。
起きた時、起きたという現実に涙が止まらなくて、遅刻しそうになった。あのまどろみの中にずっといたかった。もうあの世界には、一生行くことができない。
でも多分もう行けないから夢、戻れないから夢。
これからも続いていく夢ではない現実。
ニンゲンのものがたりの先に来るものは希望だと信じている。
過ぎたことは夢。来るものは希望。
戻りたいと思っているうちは受容できてない証拠。
後ろなんてみなくても、前を向いて大丈夫よ。
この感情の波動を人生のリズムだと思って楽しみたい。楽しむくらいに余裕をもちたい。
ニンゲンのこころは子どもの頃は真っ白で、経験の中で思うままに色をつける。(白紙説)色々。
色々ある?色々あるから生きてるんでしょう?
そうでしょう!(気合い)
死ぬ直前のわたしのキャンパスがカラフルなことを祈って。
いいこととやなことを繰り返す。
楽しいことの後に来るしんどさは倍にも感じるけれど、これを乗り越えた後に来る楽しさや歓びは倍以上になるから大丈夫ね。希望よ。身を任せて生きよう。
ずっと聴きたくて、解決しない自立についての問題で素敵な考え方に出会った。
「自立するということは、幸せになるということ。」
自分が精神的に満たされていれば、自然と他人に対する寛容さやあたたかいまなざしが生まれてくる。
それが「自立」である。と。
わたしの考え方のフィルターがそんな甘いもんじゃだめやからとまだ思っているけど、こういう風に思いたいな。
そういえば、深キョンが復帰してとても嬉しい。
彼女のすべてが美しい。(下妻物語だいすき)
あんな女性になりたい。
あるむかしのインタビューで、何かをやめることが怖いと話していたことにとても共感した。でも1回やめても大丈夫だったでしょう?彼女は多分勇気をもって休む選択をして、今またみんなの待つ芸能界に戻ったことでもっと強く美しくなったと思う。青いドレスが印象的。
ワガママやけど少しオトナなわたしはコスモスたちを今年は摘まずに車の窓から愛でている。車に乗って、歩くことが減って摘めないだけとか言わない。
秋の香りは最高だ。
花占いは自分のしあわせのために信じてみよう。
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