#76算数の「割合」のテストが教えてくれた諦めるという事。諦めたら楽になったけど、教育って繋がっているから課題を先送りしたに過ぎないんだな(笑)(貧困幼少期からNPO代表理事までを振り返る)毎日note更新中
『幼少期は自分が無かったんだね』と先日言われました。・・・が、あるわけありません(笑)人の顔見て、目立たないことを目標に生きていたのに、自分を持てるはずもありません。ただあの時間があったから今に繋がっているのだと思います♪
noteで知った、つちのこ焼をお取り寄せして食べてみたので共有(笑)ちょっとホッコリ。
割合のテストが教えてくれたこと
算数がとても嫌いでした。どうしてこの勉強をするのか?を誰も教えてくれず、淡々と毎日教科書を開いて進めていくだけだったからです。
算数って何?
その形の面積を求める必要があるのか?
何のために行うのかが全く分からなかったからです。
ある日割合について学ぶ時がありました。
今でこそ割合の意味を理解していますが、これをすることに何の意味があるのか、当時の私には本当に理解できませんでした。
どうして割合を出さないといけないのか?
割合に関するテストの日が来て、問題を見てももちろんわからない。
何を言っているのかも、何が書いてあるのかも分からないのです。
その時の私は、こう考えました。
(この算数が出来るか出来ないかで決まるのは、今学期の成績だけだ。それならば、別にできなくても良いじゃないか!)
そう開き直ると楽にはなったものの、そのテストの点数は散々なものでした。
しかし散々な点数を取ったからといって、追試があるわけでも再度何があるわけでもないのだからと割り切れば、テストの点数をとる事を意識しなくても良いと思えた事によって、とても楽になりました。
しかしながら教育とは一連の流れがあるのです。今回の割合のテストは単元の一つであるのですが、その後の違う場面で影響してくることを当時は知りませんでした。
授業って絶対理解できないといけないと思うと苦しくなって疲れちゃうけど、捨ててみるという事を通じて逃げることの良さを知った体験でした。
もちろんつながっている事で再度、向き合う必要はありますが、向き合う時に向き合えれば、一旦逃げても問題ない事は私自身の体験で学んでいます。
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ささいなことで人生は変わる! その一歩は自分が踏み出すこと。
見て下さったあなたの何かを踏み出す
キッカケになればと思って綴っています。