連載小説『モンパイ』 #10 Fin.
荷物を持って立ち去ろうとした時、先ほどまで道路脇に立っていた男性がいなくなっていることに気がついた。
僕がてんやわんやしている間に、待ち合わせの人間と落ち合って出発したのだろう。
もしかすると、誰かと待ち合わせていたのではなく、ただ時間を潰していただけかもしれない。
真実を知る術はないけれど。
想像するしかないけれど。
モンパイを開始した時よりも、人通りや車の往来はずっと多くなっている。
皆これから、それぞれの今日という一日をスタートしていくのだ。
もう眠気はすっかり吹き飛んだ。
あまりに爽やかすぎる朝。
駅までの道すがら、全速力で学校へと向かうHIRAI GAKUENの生徒とすれ違った。
間違いなく遅刻だ。
きっとこの後、玄関で待ち構える生徒指導担当の先生から、遅刻届けを職員室まで取りに行くよう指示されるのだろう。
僕も何度かそういう目に遭った。
「いってらっしゃい」と心の中で呟く。
負けるなよ。
くじけるなよ。
駅で電車を待つ間にスマホを確認すると、先輩から「ごめん! 今起きた」というメッセージと、土下座のスタンプが送られてきていた。
受信時刻は八時十七分。
「全部捌き切りました!」と返信する。
もちろん、可愛いスタンプも忘れずに添えて。
今日の講義は午後からだ。
家に帰ったら何をしようか。
まだ一日は始まったばかりだ。
もう一度寝るということもできるが、せっかく髪も入念にセットしたし、それでは勿体ないなと思う。
映画でも観に行こうか。
そして、代官山のカフェでランチでもしようか。
そうだ、ライブのチケットを取るかどうか迷っていたのだった。
とりあえず家に帰ったら、まずはチケットを買おう。
ライブは楽しい。
大好きだ。
名前も顔も知らず、偶然同じ会場に居合わせただけの人たちが揉みくちゃになりながら、愛するアーティストの曲に合わせて盛り上がる。
なんとも言えないあの一体感が、たまらなく好きなのだ。
(了)