連載小説『モンパイ」 #7(全10話)
生徒の集団は、ぞろぞろとやって来るのではなく、周期的に群れをなしてやって来る。
信号機のせいだ。
駅から学校までの生徒の流れは、赤信号によって周期的にせき止められる。
そして信号が青に変わると同時に、まるでダムの水が放水されるが如く、大群となって一気に押し寄せる。
先輩と一緒に配布するときは、校門の両脇に二人で立ち、大群を挟み込みながら配るのだが、一人だとそうはいかない。
配布漏れがどうしても多くなってしまう。
漏れてしまったものの中に付箋を希求する生徒がいたらと思うと虚しい気持ちになる。
集団へのアプローチとしては、最初の一人が肝心だ。
集団を率いてくる生徒に渡せるか渡せないかで、その集団全体の配布率が大きく変わるのだ。
一人目が配布物を受け取る趨勢を作り出してくれさえすれば、それに乗っかる生徒が必ずでてくる。
付箋を貰っても恥ずかしくないのだという集団規範が形成されるわけだ。
だから一人目には、少ししつこく声を掛けるよう意識している。
加えて、仲良しグループで登校する生徒たちも受け取ってくれやすい。
一人が受け取れば、じゃあ自分も、とか、お前も貰っとけよ、などと、半ば面白がりながら受け取ってくれるのだ。
高校生というのは、常にハプニングと笑いを探している。
自分がわざわざ早起きまでして行なっているこんな些細な行為が、彼ら彼女らの笑いの種となるのなら、それに越したことはない。
おい、「何だ付箋かよ」という声、しっかり聞こえているぞ。
プーッ。
突然、車のクラクションの音が鳴り響いた。
どうやら、信号が変わっても一向に発進しない前方車を、白いカローラが催促したようだ。
辺りにいる人間全員が、音の鳴った方を見遣った。
自転車の後ろに子供を乗せた母親も、犬の散歩をしている人も、濃紺のスーツをスタイリッシュに着こなしたオフィスワーカーも、校門へと向かってくる生徒の大群も、ビラを抱えている自分も、誰もが。
その光景は、ちょっと滑稽だった。
縁もゆかりもない赤の他人同士であるはずの人々が、あたかも何度も練習したかのように、ぴったりとタイミングを合わせて同じ行動をとる。
まるで体育大学の集団行動みたいだ。
だがそれも束の間、一瞬の後に、各々が自分の生活を再開する。
何事も無かったかのように。
それでも僕は知っている。
この場にいる全員の人生が、クラクションの音を合図に、ある一点で交差したということを。
たとえそれが、ほんの一瞬の出来事だったとしても。
生徒の人数は増え続ける一方だ。
中には単語帳を読みながら歩いていたり、スマホゲームをしながら歩いていたりする生徒もいる。
危ないぞ、と思うが注意まではしない。
このような生徒は当然の如く受け取ってくれないので、こちらも見送るだけに留める。