連載小説『友情、愛情、その他。』 #2
手にしている短編とは無関係な思考を駆け巡らせながら、ひたすら最後のページに目を滑らせる。
カナトの手の中にある文字は、もはや語りかける力を持つことなく、この新宿駅の雑踏のように目の前を通過していく。
あるいは、懸命にカナトに向かって何かを語り続けているにも関わらず、カナトがその声をキャッチできていないだけなのかもしれない。
いやむしろそれが真実なのだろう。
とすれば、新宿駅を駆け抜ける数多の人たちも、実はカナトに、誰かに、気づいてほしいのかもしれない。
声を聞き取ってもらいたいのかもしれない。
誰にも聞こえない、発している当人さえも気づかない、無言の声を。
静かな叫びを。
凪いだ怒りを。
冷めた喜びを。
そしてカナトの視線は、最後の句点に到達した。
終盤の内容はほとんど頭に入っていない。
しかし、マユミと落ち合う前に「読み終えた」ことにほっと胸をなでおろした。
文庫本を閉じたところで「カナト?」と声が聞こえた。
目を上げると左前からマユミが覗き込んでいた。
カナトは「おお」と声を上げた。
「やっぱりカナトだ、良かった。久しぶり。全然変わらないからすぐわかったよ」
そうか、六年以上経っても自分の見た目は大して変わっていないのかと、カナトは少し落胆しながらセンター分けにしている前髪を右手でかき上げた。
それを見たマユミは、
「え、そんなキャラだったっけ、ふふ」
と笑った。
そんなマユミのヘアスタイルは、胸のあたりまで下ろした黒いストレートだった。
カナトの知っているマユミは、いつも肩にかからない長さのショートヘアだった。
しかしカナトは「変わったね」とは言わなかった。
あれから六年も経っているのだ。
髪型もキャラも変わっていて当然だ。
「店、三丁目の方だからここからちょっと歩くんだよね。十分ちょっとかかるかな」
「オッケー、予約してくれてありがとう。私は新宿よくわからないからついていくわ」
六年という期間は、長いようで短い。
カナトにとって六年前は、まだこの間のことのように感じられる。
マユミを見分けられないのではないかという心配も杞憂だった。
たとえ髪型が変わっても、人間が丸ごとすり替わるわけではない。
会話のテンポ感も少し話せば思い出せる。
何しろ七年間、ほぼ毎日のように話していた仲なのだ。