ACS アメリカ化学学会(American Chemical Society)
第239回 アメリカ化学学会
アメリカ化学学会(American Chemical Society)は実に大きな学会です。世界中に会員をもっており、その数はざっと15万5千人。会員になるための特別な資格は要りません。単にインターネットで登録すればいいだけのことです。しかし、学会に出席するには 440ドル必要です。けっこう高い。毎年、2、3回、どこかで学会を開いています。私が参加したのはサンフランシスコで2010年に行われた第239回目で、3月21日から25日の5日間行われました。
そもそも、医者である僕が、なぜ化学の学会に行くかということから話を始めるべきでしょう。ことの始まりは以前、お話をした「月桃」なんです。「月桃」といっても、すぐにこれが何であるかわかる人は、沖縄の人、あるいは僕のサイトをときどき読んでくださっている人以外には、非常に少ない。ほとんどの日本人の方ははご存知ないと思います。
サンフランシスコに向かう機内では我がクリニック製の月桃の錠剤(JIPANG Ginger®)と腸溶性ラクトフェリンを飲んで免疫力を高め、感染症に罹らないように注意します。特に国際線の機内には世界中のウイルスがひしめいているので、予防のためです。二つのサプリメント共に免役力を高めてくれます。
ポスター発表
今回は月桃がウイルスの増殖を防ぐという発見を多和田先生は発表なさるわけですが、口頭のプレゼンテーションで発表するのではなく、ポスター発表です。ポスター発表というのは、それ専用の会場に用意されている掲示板に、各々の研究者の研究をポスターにしたり、表にしたりしたものを貼り、興味のある人が、その掲示板の横に立っている研究者に、随時質問するという形式です。
口頭発表の方が格は上のように思われがちですが、実際には、世に知らしめるにはポスター発表の方が効果的です。口頭発表だと、20分~30分だけで、しかも聴講している者がテープレコーダーで記録するかメモを取る以外、内容が残りません。しかし、ポスター発表であれば、その発表がある間(通常、3時間~8時間)、興味があれば、何度でも研究を見て、研究者に質問をすることができるのです。
学会の研究発表が実に多彩で興味深く、まさに朝から晩まで、あるときは口頭発表を聞き、あるときはポスター発表を見と、広い会場を駆け巡り、いくら時間があっても足りないくらいでした。
"Ask Me"
会員数15万5千人をこえる学会が5日間にわたり開くものですから、口頭発表、ポスター発表、全部入れると優に1000を超える研究発表があるのです。40の部門に分かれ、各々が発表を行います。会場も数箇所に分かれ、胸に「“Ask Me”」と書かれた黄色いシャツを着た、案内役の方があちらこちらに立っていました。
また、コンピュータも数多く設置されており、無料でインターネットが使えました。したがって、日本からわざわざPCをもってくる必要はなかったのです。
農薬部門に新しい発見あり
医者の僕にとっては、数ある部門の中でもむしろ医学とは関係のない、農薬部門などの研究発表の方が面白く興味深く感じました。そして、ためになりました。人を相手とした医療の面からしか見ていなかったところに、昆虫の方からみると、そこに新しい発見があるといった具合です。
たとえば、農薬部門のカルフォルニア大学デービス校ハンモック教授の研究です。長年にわたる昆虫と殺虫剤の研究から、Epoxide hydrolase (エポキシド加水分解酵素)を阻害すると、血圧降下作用、抗炎症作用、鎮痛作用があるということを見つけ出したのです。そして、AR9281という、小分子の可溶性エポキシド加水分解酵素阻害剤を合成し、実際に人間に投与し、安全な抗圧作用を証明しました。これは、現存するいかなる薬とも違っていて、まったく新しい抗圧剤になる可能性があるのです。あとで、ハンモック教授と名刺を交換しました。
Epoxide hydrolaseはアラキドン酸カスケードに登場してくる重要な酵素で、オメガ6系不飽和脂肪酸の代謝とも深く関係しており、現代人の油や脂の誤ったとり方が、多くの病気をひきおこしているという僕の考えと共通するところがあり、非常に面白いのです。こういう研究が医者によってなされず、昆虫学者によってなされているのです。
新しい薬をつくりだすのは、医者だけではなく、農学部出身の人も多い印象を持っています。抗高脂血症剤のスタチンも遠藤 彰さんという東北大学農学部出身の微生物学者によって発見されました。この薬は世界で毎日3000万人投与されているとう、第二のアスピリンと呼ばれるほどの超ベストセラーの薬品です。つまり、視点を変えることが非常に重要なのです。(もっとも、この薬を実際に必要としている人は、その3000万人のうちの500分の1ほどの人のはずですが)。
世界中の大手製薬会社も参戦
発表するのは大学等の教育・研究機関だけでなく、ロッシュやファイザーといった世界でも指折りの製薬会社もポスター発表をしていました。そういった大きな製薬会社となると、1つの掲示板だけではたらず、数箇所でポスター発表をしているらしく、人手がたらず、写真のようにポスターだけを貼って、「興味のある人は名刺を袋の中に入れておいてください。あとでこちらから連絡させて頂きます」といった具合でした。
2010年当時、日本からも武田製薬が参加しており、 その時にはまだ新しい抗血液凝固剤のポスター発表をしていました。動脈血栓性塞栓症治療薬だったのですが、実際に世に出るには、つまり我々臨床医がクリニックで使えるようになるにはあとどのくらいかかるかと、日本語でたずねると(もちろん担当者は日本の方でした)、その際には4、5年先だということでした。つまり、数年先に世の中に出るであろう新薬の卵も見ることができるのです。
宝探し「将来への度胸試し」
武田製薬、ロッシュ、ファイザー、グラクソスミスクラインといったところの発表は非常に程度の高いものですが、中には、どこかの大学や大学院の学生が発表しているような内容もあります。
たとえば、フラックスシードオイルはラット(ネズミ)の高血圧を下げる。これなど、わかりきったことで、すでに多くの研究者が確かめているはずです。30年以上も前の研究にもあります。そこで、ポスター発表を行っている学生に、「フラックスシードオイルと同じようにオメガ3系不飽和脂肪酸の多い魚油で、比較したことはあるのか?」とたずねると、していないといいます。じゃ、何でまだやっていないのかと聞いてみると、「予算がない」という答えです。つまり、玉石混淆というわけなのです。
しかし、学生時代から、こういった大きな学会で、どんな研究でもどんどん発表させるということは非常にいいことなのかもしれません。まず、度胸ができます。次に、質疑応答のいい訓練になる。また、朱に交われば赤くなるで、まわりがファイザーやロッシュであれば、今は程度の低い研究でも、やがておのずと高くなります。それに、まさに1000を超える研究発表を短期間で見聞できますから、視野が一挙に広がり、自分の研究のレベルアップにも繋げることができます。要するに、得るものはあっても失うものは何もないのです。日本は完成度の高い研究をという姿勢が強すぎ、学生にはハードルが高いすぎるきらいがあります。内容が伴わないものでも、将来を考え、どんどん発表させるべきだとその時、私は感じました。
そして、何よりこの玉石混淆の中から、きらりと光るものを探し出すのは、まさに宝探しに似て、なかなか楽しいものです。
クマリン!?「かわいい熊の名前ではありません」
ちょっと専門的になって、読者にはおもしろくないかもしれませんが、一つ紹介しましょう。それは、クマリンという一種のポリフェノールが、癌に効くという研究です。Florida Agricultural and Mechanical University 農学部の発表です。発表しているのは、黒人です。名刺には、Musiliya A. Musaという、初めて見る名前が書かれています。もともとは、セネガル出身だそうです。助教授です。目のつけどころがいいので、発表をカメラで摂っておきました。
クマリンをベースとして、そこから合成されるベンゾピラノン誘導体は、MCF-7という乳癌のホルモン依存性癌細胞を、従来使われているタモキシフェンという抗癌剤と同じ程度に縮小させるという研究です。また、A-549という肺の癌細胞にも効果があるということなのです。
ここで、読者に注意していただきたいのは、クマリンは自然に存在する物質ですが、その誘導体は人工的な産物だということです。クマリンだけでも抗癌作用を示すのですが、それをさらに強化するために、わざわざ人為的に手を加えるというのが一つの目的ですが、もう一つの目的は、人為的に新しい物質をつくらなければ、特許が取れないというのも大きな理由なのです。特許が取れなければ、お金も取れません。そこで、化学者たちは自然に手を加え、人工物をつくろうと躍起になるのです。
しかし、人工的に合成された薬は、どうしても副作用が強くなります。人体は自然の一部です。それがゆえに、自然界にすでに存在するものが体の中に入ってきても、さほど人体は驚きません。しかし、人工的に合成された薬は、いわば、人体にとって極めて異質なエイリアンなのです。人類がエイリアンに遭遇したとき、どう対処していいかまったくわからないのと同様に、人体はエイリアンである薬をどう代謝していけばいいかわからないのです。そこで、副作用が発生する確率が非常に高くなるのです。
月桃にもクマリンが含まれています。しかし、人工的に化学合成されたものではなく、自然の一部に織り込まれて存在しています。したがって、化学合成されたものよりも効き目はたしかに強くないかもしれませんが、はるかに安全なのです。ですから、前立腺癌という、癌の中では比較的おとなしい癌には非常に適しており、3人も手術なしで、癌が消えてしまったのでしょう。
一位の木「パクリタキセル」
植物には抗癌作用をもつ物質を含んでいるものがけっこうあります。たとえば、「一位の木」と呼ばれる杉の一種です。これは紅豆杉(こうとうすぎ)とも呼ばる漢方薬の一種で、強力な抗癌物質パクリタキセルが含有されています。このパクリタキセルは独特のメカニズムで癌細胞を殺傷します。細胞分裂に必要な微小管の安定化と過剰形成をおこし、その働きを阻害し、癌細胞の分裂を邪魔するわけです。
それに目をつけたアメリカの製薬金社ブリストル・マイヤーズ・スクイブは、パクリタキセルを化学合成し、商品名をタキソールと名づけ、日本を含めた世界中の国で現在は販売されています。しかし、このような純粋なパクリタキセルを投与した場合、特に抹消神経障害という重篤な副作用をおこすことがあります。
しかし、「一位の木」の樹皮を煎じて飲むと、そういう副作用は非常にでにくくなるのです。半合成や全合成されたものより、自然に近くはるかに安全なのです。熱水抽出成分の中にあるパクリタキセルは、がん細胞が増殖しかけると、遊離型になって正常な細胞には作用せず癌細胞のみを攻撃します。癌細胞がおとなしいときは、パクリタキセルは糖などと結合して、正常な細胞を攻撃しないのです。つまり安全なのです。がん以外にも、子宮筋腫、糖尿病、腎臓病、花粉症、C型肝炎などにも有効だと考えられています。
しかし、残念ながら2023年10月24日よりこのパクリタキセルを含有する紅豆杉(コウトウスギ)は「医薬品」指定となり、それまでは「健康食品」として分類されていましたが、現在では販売できなくなってしまいました。