
「うつ病九段」を読んで鬱病の辛さを知る
「つまるところ,うつ病とは死にたがる病気であるという.まさにその通りであった」
重いうつ病を患い,将棋を指せなくなり,休場した先崎学九段がそう書いている.
うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間
先崎学,文藝春秋,2020
将棋界を牽引してきた,そして映画「3月のライオン」のプロモーションなどで忙しくしていた先崎学九段がうつ病と診断され,休場したのが2017年9月1日から2018年3月31日まで.休場する少し前に藤井聡太四段がデビュー29連勝を成し遂げ,日本が藤井フィーバーに湧いていた頃のことだ.
うつ病になって生命の力を失い,しばらくは将棋を指せないどころか,将棋のことに興味を持つこともできなかったらしい.日本将棋連盟の重鎮でありながら,藤井フィーバーすら知らなかったという.
精神科医として先崎九段を支えた兄はこう言っている.
「うつ病は必ず治る病気なんだ.必ず治る.人間は不思議なことに誰でもうつ病になるけど,不思議なことにそれを治す自然治癒力を誰でも持っている.だから,絶対に自殺だけはいけない.死んでしまったらすべて終わりなんだ.だいたい残された家族がどんなに辛い思いをするか.」
「精神科医というのは患者を自殺させないためだけにいるんだ.」
うつ病を煩い自殺に至った人を近くで見た者として,これらの言葉は重い.
本書は,うつ病の症状がかなり良くなってきた時期に,重いうつ病に苦しんだ先崎九段がみずからの経験を書いたものだ.やる気が出ないというレベルではなく,ちょっとした日常の動作すらできなくなり,ただただじっとしているほかなく,何事もすべて悪く解釈してしまう.そんな状況に陥るようだ.
「人間というのは自分の理性で分からない物事に直面すると,自然と遠ざかるようになっているんだ.うつ病というのはまさにそれだ.何が苦しいのか,まわりはまったく分からない.いくら病気についての知識が普及したところで,どこまでいっても当事者以外には理解できない病気なんだよ.」
先崎九段の兄はこうも言っている.人に理解してもらえないという辛さもあるだろう.それでも,家族や仲間に支えられて,復帰されたのは本当に良かったと思う.
「絶対に自殺だけはいけない.死んでしまったらすべて終わりなんだ.」
© 2023 Manabu KANO.