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「深海世界」探検への情熱に引き込まれる

海は地球の表面積の約7割を占めているだけではない.人間の多くは海の表面か,せいぜい海の表層しか見ていないが,その下には深遠かつ広大な深海世界が存在する.近くにありながら,我々は宇宙ほどにも深海のことを知らない.生命力に溢れた,その深海の魅力に取り憑かれた人達の冒険物語が本書「深海世界 ー 海底1万メートルの帝国」だ.とても面白かった.

深海世界 ─ 海底1万メートルの帝国
スーザン・ケイシー,亜紀書房,2024

深海の定義は定まっていないようだが,およそ,太陽光が届かなくなる水深200メートルより深い海域を深海と呼ぶ.深海はさらに以下のように分類される.

中深層(薄暮帯,トワイライトゾーン) 200〜1,000メートル
漸深層(深夜帯,ミッドナイトゾーン) 1,000〜3,000メートル
深海層(深海帯,アビサルゾーン,アビス) 3,000〜6,000メートル
超深海層(超深海帯,ヘイダルゾーン) 6,000メートル以深

括弧内は本書での表記だ.アビスといえば,メイドインアビスくらいしか思い浮かばないが,その深淵のさらに深み,水深1万メートルのハデス(冥界)への冒険が描かれている.

つい最近まで,深海は,生物が生きていくにはあまりに過酷な環境であり,ほとんど生物はいないと言われてきた.しかし,深海探検の結果,多種多様な膨大な数の生物が確認されている.本書にはそんな深海生物のカラー写真も多数掲載されており,とても興味深い.深海には,まだ人間が見たこともない生物も多いことだろう.

太陽光の届かない深海では,光合成でエネルギーを作るわけにはいかない.ところが,深海には,太陽エネルギーの代わりに熱水に含まれる硫化水素やメタンなどをエネルギーに変えることのできる化学合成細菌が存在し,独自の生態系を作っている.地球上で最初の生命が誕生した場所は深海の熱水噴出孔だと言われており,深海の研究は,生命の進化の過程を解き明かすだけでなく,地球外の生命の可能性を探る手がかりにもなると期待されている.

本書「深海世界」は,人間による深海探検の歴史をひもときながら,最新の深海探検の様子を伝えてくれる.

その歴史には,1708年にコロンビア沖で沈んだ,スペインのガレオン船「サンホセ号」の発見も含まれる.サンホセ号は62門の大砲を搭載したスペインの大型帆船で,最大200トンもの金,銀,宝石が積まれていたとされる.

著者のスーザン・ケイシーは作家・編集者で,海洋ジャーナリストとして知られている.深海を自分の目で見たい,深海に潜りたいという彼女の情熱と行動が,深海冒険物語を進めていく.様々な出会いを経て辿り着いたのが,Victor Vescovo氏が率いる民間チームだ.このチームは世界最深部まで潜航できる潜水艇リミティング・ファクター号を作り,2018〜2019年にかけて世界の5つの大洋の最深部海溝に潜航する"Five Deep"探検に成功した.さらに彼らは"Ring of Fire"探検に乗り出し,紅海,インド洋,太平洋の様々な海溝の底を潜水艇で調査している.その"Ring of Fire"の一部として,スーザン・ケイシーはリミティング・ファクター号に乗り,ハワイ沖の深海でカマエフアカナロアを目にする.

情熱を持って行動すれば道は開ける.そこが海淵であっても.そんなメッセージも伝わってくるのが本書だ.

広さと深さの双方において広大な海とその底は地球を守る働きをしているが,人間はまだそのほとんどを理解していない.まだまだ知らないことだらけだ.しかし,その深海を,豊富な資源を略奪するための対象としかみなさない輩もいる.第九章「深海を売る」では,そのような国際機関と営利企業,それに立ち向かう科学者たちが取り上げられている.

とても面白い本だった.深海について自分が何も知らないことを思い知らされた.

ちなみに,潜水艇で超深海に旅行する費用は約一億円だそうだ.

目次
プロローグ
第一章 マグヌスの怪物たち
第二章 水中飛行士(アクアノート)たち
第三章 ポセイドンの隠れ処
第四章 黄泉の国(ハデス)で起こることは……
第五章 黄泉の国に滞在
第六章「これはすべての沈没船の母なんだ」
第七章 始まりの終わり
第八章 薄暮帯(トワイライトゾーン)へ突入
第九章 深海を売る
第十章 カマエフアカナロア(深海の赤い子ども)
エピローグ 深い未来


© 2024 Manabu KANO.

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