情報科学に欲望を託す「デジタル・ナルシス」
元々1991年に出版された古い本だ.当時私は大学生だったが,インターネットが一部の人達に使われ出した頃で,ほとんどの人はまだ電子メールの存在すら知らなかった.エキスパートシステムに代表される第2次人工知能ブームが下火になりかけた頃とも言えるだろう.
だから,いまどきの生成AIなどは一切登場しない.先端的な技術論ではなく,本書「デジタル・ナルシス」が取り上げるのは,現代の情報化社会を切り開いた情報科学のパイオニアたちの生々しい生き様だ.
本書では6人の研究者が取り上げられている.
桁外れな天才数学者であり,ノイマン型と呼ばれるコンピュータの動作原理を生み出し,ゲーム理論を構築し,原子爆弾の開発にも携わったジョン・フォン・ノイマン.
アルゴリズムを実行する機械を形式的に記述した「チューリングマシン」,機械が人間的(知的)かどうかを判定する「チューリング・テスト」,そしてエニグマ暗号の解読で知られ,「コンピュータ科学の父」や「人工知能の父」と呼ばれるアラン・チューリング.
多項式関数の値を計算する階差機関,パンチカードでプログラムを組むことができる解析機関を設計し,「コンピュータの父」とも呼ばれるチャールズ・バベッジ.
情報理論の創始者として,情報,通信,暗号,データ圧縮,符号化などの先駆的研究成果を残したことから「情報理論の父」と呼ばれ,アラン・チューリングやジョン・フォン・ノイマンらとともにコンピュータの基礎を作り上げた人物としても知られるクロード・シャノン.
生物学,文化人類学,サイバネティックス,精神医学など多様な分野の研究に取り組み,統合失調症に関連する「ダブルバインド」,メッセージが本来伝えるべき意味とは異なる「メタメッセージ」などの概念を提唱したグレゴリー・ベイトソン.
通信工学と制御工学を融合し,人間と機械の相互関係を統一的に扱うことを企図した「サイバネティックス」の提唱者として著名であり,確率過程論におけるウィーナー過程(ブラウン運動)などでも知られるノーバート・ウィーナー.
錚々たる顔ぶれだが,これら天才が成し遂げた研究開発成果が本書の主題ではない.それでは「ナルシス」との関連が見えてこない.そうではなく,性も含めた天才たちの生き様を描き出すことで,人類が情報機械を日常的に使うようになった社会において,人間の欲望を際限なく増大させる「第三の性」としての情報機械が持つ恐るべき力について論じている.
私には難しい内容で,理解したとは到底言えないが,興味深い内容だった.
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