「最新 ウイスキーの科学」でまろやかさの秘密を知る
これまでにもウイスキーの本はいくつか読んできたが,これはレベルが違う.実に面白い.製麦,仕込み(糖化),発酵,蒸留,樽貯蔵のそれぞれについて,まさに科学的な知見を教えてくれる.
副題が「熟成の香味を生む驚きのプロセス」であることからわかるように,樽での熟成・貯蔵によっていかにしてウイスキー特有の香味が生まれるかに特に焦点を当てて,詳しく書かれている.とても勉強になる.まだ解明されていないことだらけだということもわかる.研究したいな.
「麦芽の科学」では,大麦の種子の断面図のほか,デンプン,デンプンを分解してできるマルトース(麦芽糖),さらにピート香の元となるグアイアコールや2-エチルフェノールの構造式が記載されている.がっつり化学だ.
「発酵の科学」では,ざっくりと発酵をひとまとめにせず,果汁を酵母によって発酵させる単発酵(ワイン),糖化液を酵母によって発酵させる単行複発酵(ビール,ウイスキー),麹菌と共存する酵母によって発酵させる併行複発酵(清酒)を区別し,発酵に関する化学者ルイ・パスツールの研究成果も紹介している.さらに,酵母だけでなく,乳酸菌の働きについても詳しく書かれている.水酸基,エステル,カルボキシル基,カルボン酸などの化学用語もバンバン出てくる.
「蒸溜の科学」では,ポットスチル(単式蒸溜器)の形状がニューポット(蒸溜直後の酒)に与える影響が詳しく説明されている.ポットスチルがステンレスではなく銅でできている理由も,悪臭の元になるチオール化合物や過剰な脂肪酸の除去,香り成分であるβ-ダマセノンやフルフラールなどの生成促進,糖とアミノ酸のメイラード反応の促進など様々な効果が示されている.
「樽の科学」では,樽材の種類,チャー(樽の内側を焼くこと)をする理由ばかりでなく,柾目取り(まさめどり:丸太から放射状に板を切り出す方法)をする理由も詳しく書かれている.
そして,「熟成の科学」には100頁以上を割いて,ウイスキーが樽の中で熟成され,「まろやか」になるメカニズムを詳述している.ウイスキーのアルコール度数は40%以上なので,強いアルコール刺激があっておかしくない.実際,若いウイスキーはアルコール刺激が強い.これは,エタノールの刺激を直接的に感じるからだ.ウイスキーを熟成させると,分子内に親水性の部分と疎水性の部分を持つエタノールがクラスターを形成しつつ,そのクラスターが水に取り囲まれて水和シェルをつくる.その結果,エタノールが水に包まれた状態でウイスキーを飲むので,エタノールによる粘膜刺激が弱くなる.つまり,まろやかに感じる.なお,熟成中に樽から酒に溶け込むリグニンとタンニン由来の成分がこの水和シェルの安定化を促している.
もちろん,それだけではなく.熟成中に樽由来の重たい成分がウイスキーの香りや味を形成していく.この点についても,様々な化学反応を紹介しつつ,現在までにわかっている香味の成り立ちについて説明している.ただ,わかっていないことがとても多いことも正直に書かれている.
それにしても,本質がわからない一般消費者からのクレームのせいで「低温濾過(冷却濾過)」することを余儀なくされているのは残念だ.ノンチルフィルタードを推したい.
「最新 ウイスキーの科学」,すべてを理解するのは無理だが,とても面白かった.著者のウイスキーに対する情熱が伝わってくる.ウイスキー愛好家なら是非読んでみて欲しい.
© 2024 Manabu KANO.
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