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本の紹介・読書の記録

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2021年4月の記事一覧

ヘイトスピーチはどこまで規制できるか

2009年12月,京都朝鮮学校襲撃事件が発生した.「在日特権を許さない市民の会」(在特会)や「主権回復を目指す会」(主権会)の活動家らが,京都朝鮮第一初級学校前で街宣活動を行い,威力業務妨害や器物破損で有罪判決が確定した事件だ. これに限らず,日本国内で人種差別やヘイトスピーチは蔓延してきた.その胸糞悪い動画を見た人も多いだろう.どうしてあんなものが放置されているのか.どうして取り締まりもされないで,むしろ警察が保護して街宣活動ができているのか.そのような疑問についても本書

「変身」したからどうだというの?

「第一次大戦後のドイツの精神的危機を投影した世紀の傑作」「現代人の不安と孤独をあらわにした最高傑作」などと書かれているのだけど,さっぱりわからない.何が凄いのか,誰か文学の素養のない人間にもわかるように解説して... 変身 フランツ・カフカ,新潮文庫,1952 「事実のみを冷静につたえる、まるでレポートのような文体が読者に与えた衝撃は、様ざまな解釈を呼び起こした」という評も見掛けたのだけど,一切の感情を排して事実のみを述べている話なら,アゴタ・クリストフの「悪童日記」に始

新型コロナ時代にカミュの「ペスト」を読む

新型コロナウイルス感染症が蔓延しだしてから,いずれ読もうと思いつつ,なかなか機会(というより気持ち)がなかったが,いよいよ読んだ.ノーベル文学賞受賞者であるカミュの「ペスト」だ. ペスト カミュ,新潮文庫,1969 話の舞台は,アルジェリアのオラン市.カミュはアルジェリアで生まれた.あるとき,市内で次々に鼠の死体が発見されるようになり,続けて,原因不明の熱病が人々を襲う.ペストだ.封鎖され孤立した街で,様々に生きる人々が描かれている.絶望的な状況にあってペストに向き合う医

「異なる声に耳を澄ませる」のは良いことだけれど

先日,「生命の根源を見つめる」を読んで面白かったので,「異なる声に耳を澄ませる」も読んでみた.どちらも,東京大学教養学部主催の「金曜特別講座」を書籍化したシリーズ「知のフィールドガイド」である. 「生命の根源を見つめる」が自然科学系の話題を集めているのに対して,「異なる声に耳を澄ませる」は人文科学系の話題を扱っている. 異なる声に耳を澄ませる 東京大学教養学部(編),白水社,2020 読んでみたのだけど,本書にはいまいち興味を掻き立てられなかった.読んで面白いと感じる話

東京大学の教養講座「生命の根源を見つめる」で視野を広げる

東京大学教養学部主催の「金曜特別講座」を書籍化したシリーズ「知のフィールドガイド」のひとつ.このシリーズは,読者が論理的思考力という武器を身に着けて,あらゆる分野で縦横無尽に駆け巡るようになるためのガイドとして役立つことを目指している.その中でも本書「生命の根源を見つめる」には,自然科学分野の講義が収録されている.講座の対象が高校生と大学生なので,平易に書かれている.トピックは幅広いので,手軽に様々な分野について知ることができる. 生命の根源を見つめるー知のフィールドガイド

ツール・ド・フランスを舞台に事件が起きる「スティグマータ」

プロが競い合う自転車ロードレースにも様々な種類があるが,とりわけ有名なのがグランツールだ.2週間以上にわたってレースが繰り広げられ,その走行距離は3000kmにも及ぶ.ツール・ド・フランス,ジロ・デ・イタリア,ブエルタ・ア・エスパーニャの3つがグランツールと呼ばれる.自転車選手の憧れの舞台でもある. グランツールの中でも特に有名なのがツール・ド・フランスだろう.「スティグマータ」は,そのツール・ド・フランスを舞台にした小説である. 近藤史恵,「スティグマータ」,新潮文庫,

サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福

面白かった.特に上巻. 我々サピエンスが虚構の中に生きているということを改めて思い知らせてくれる.冒頭に掲げられている歴史年表を読むだけでも面白い.年表には4つの革命が記されている.7万年前の認知革命,1万2千年前の農業革命,5百年前の科学革命,そして2百年前の産業革命.これらがホモ・サピエンスやその他の生物に与えた影響が書かれてある.大型動物やホモ・サピエンス以外の人類を殲滅してきた歴史も含めて. 例えば農業革命については,こう書かれている. 人類は農業革命によって,

「不実な美女か貞淑な醜女か」で通訳の凄みを知る

評判のよい本として時々見掛けていたのだが,「不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か」というタイトルを文字通りに受け取り,全く興味を示さずにいた.ところが先日,「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」(米原万里,角川書店,2004)を読んで,その面白さに惹かれたので,タイトルは好かないまま,米原氏の本書「不実な美女か貞淑な醜女か」も読んでみることにした.そういう意味では,大江健三郎氏が「わが読売文学賞の歴史において最悪のタイトル」と称したのも頷ける. 不実な美女か貞淑な醜女か 米原万里,新

137億年の物語 宇宙が始まってから今日までの全歴史

楽しく読めた.実に面白い本だ.この本は小学校や中学校の副読本としてすべてのクラスに置いたらいいと思う.小学生だと漢字が読めないだろうけど,それでも置いたらいいと思う. 137億年の物語 宇宙が始まってから今日までの全歴史 クリストファー・ロイド,文藝春秋,2012 本書の内容は歴史なので,ここで紹介するまでもないだろう.それよりも,著者であるクリストファー・ロイド氏がなぜこの本を書くことになったのかという経緯の方が興味深い.インタビュー記事「東京大空襲なんて初めて知りまし

嘘つきアーニャの真っ赤な真実

1960〜1964年にかけてプラハのソビエト学校で少女時代を過ごした著者とその友達の物語.ソビエト学校には50カ国以上から子供たちが集まってきていたというが,彼らに共通しているのは,親が共産主義者であるということ.日本人のマリもそんな父親に連れられてプラハに住み,ソビエト学校に通うことになった. 嘘つきアーニャの真っ赤な真実 米原万里,角川書店,2004 本書では,ギリシア人のリッツァ,ルーマニア人のアーニャ,そしてユーゴスラビア人のヤスミンカと一緒にソビエト学校で過ごし

ビッグデータと人工知能 – 可能性と罠を見極める

第三次人工知能(Artificial Intelligence: AI)ブームが到来し,そのエンジン役であるビッグデータ(Big Data)解析や深層学習(Deep Learning)が耳目を集めている.チェス,将棋,碁といった頭脳ゲームで機械が人間を打ち負かすようになり,機械翻訳の水準も向上し,ある用途に特化して用いられる弱い人工知能(weak AI)は既に身近なものになってきた.さらには,使用目的を限定しない汎用人工知能(Artificial General Intell

大学自転車部の話「キアズマ」

自転車ロードレースに出たことも出るつもりもないのだけれど,ロードバイクでのサイクリングが大好きで,ツール・ド・フランスやパリ〜ルーベのようなレースを見たりもするので,「サクリファイス」「エデン」「サヴァイヴ」に続いて,この「キアズマ」も読んでみた. 近藤史恵,「キアズマ」,新潮文庫,2016 これまでの「サクリファイス」「エデン」「サヴァイヴ」はプロチームの選手達の話だったけれども,「キアズマ」は大学の自転車部が舞台だ.続編というわけではなく,独立した話になっている.

ロードレース短編集「サヴァイヴ」

自転車ロードレースを舞台にしたミステリー「サクリファイス」に登場するプロ選手達が見ている世界.チーム競技でありながらも,注目され,記録に残るのは勝利したエースのみ.その他の選手はエースを勝たせるための捨て駒に徹する.そんなアシストたちの視点から描かれている短編集だ. 近藤史恵,「サヴァイヴ」,新潮文庫,2014 高速走行する自転車レースに事故はつきもので,いつ選手生命が絶たれるかもしれないという恐怖に向き合いながら走り続けるプロ選手.エースの座から引き摺り下ろされるかもし