ミヒャエル・エンデ「モモ」 感想
8月は叔母が誕生日にプレゼントしてくれた「モモ」を読んでました。
昔から気になっていた本ですがまだ読んでなかったのです。
親友三人の関係性が良い
敵である灰色の男たちの対極にいるのがモモで
そんなモモの親友二人ベッポとジジが全くの正反対の人物という所がいい。
そしてそんな二人を繋いでいるのが聞く力のあるモモという所がいい
ベッポの事
モモは聞く力がある。だからみなモモが大好きでモモに話を聞いてもらう
ただここで少し怖いなと思ったのはモモが(言い方は悪いが)他人の負の感情の掃き溜めになってしまう危険性があるという事
ではモモの話は誰が聞くのか?
ベッポであってほしい。
モモみたいな聞き上手な子ほど自分のことを話すのがあまり得意じゃない気がする
だからモモの一番の保護者であり大木のような安心感のある彼がモモの心を引き出せるのではないかと思う。
ジジの事
一番悲しかったのはジジの変わりようでした。
自分も絵描いたり話を作ったりしてるので「空っぽになってしまった」というのがなんとなくわかる
作家は自分自身を切り売りして作品をつくる
でもその中でも決して手を出してはいけない領域、自分の魂、または自分の創作の核みたいな大切なものがあると思う。
ジジにとってそれが「モモのために作った物語」だった。
それを安売りしちゃったから(しかも雑に消費される)空っぽになってしまった
どんなに成功しようが決して満たされず、心を病んでいく
予言書「モモ」
最初に抱いた感想は「怖い」でした。
というのも舞台となる街、そしてそこに住む人たちの変わりようがわたしが今住んでる街とよく似ていたからです
流行り物で言えば灰色の男が「ビビガール」という人形をモモに押し付けるところがそのまんまです。
そして人間で言えばわたし自身、たまにモモの街の人たちと同じく「あれもやらなきゃ、これを買わなきゃ、それを捨てなきゃ」など、常に焦って疲れてつまらない気持ちになる時があります
「モモ」は結構昔の小説ですがまるで未来の予言書のようです
後書きにも作者にモモの話を伝えた謎の人物が「わたしは今の話を、
過去に起こったことでも将来起こることとしてお話ししてもどちらでもいい
(要約)」と言っていましたし
作者のエンデ氏には何が見えていたのか…
なんというか自分の核となる本の一つになりました
忙しさに心が荒んだ時にまた読み返したいです。