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ぬいぐるみ小説集「廃墟の屋根で詩を書く猫」

「詩」と猫のぬいぐるみは言った。
 廃墟となった建物の屋根の上に座って、紙に何かを書いている猫のぬいぐるみを見つけたので聞いてみたのだ。
「詩かあ」と私はよくわからないような感じで言ってみた。実際大して分かってはいなかった。

「猫のぬいぐるみは皆詩人なんだ」と彼女は言った。
 どんな詩を書いているのか、と地上から声をかけた。私が登るには危なそうな、ひび割れた小さなビルであった。彼女はとても大柄な猫のぬいぐるみだったから、彼女の隣に座れるだけのスペースはなかった。

「猫の詩に決まってるだろ。昨日は月が猫になった詩を書いた。明日は土が猫になる詩を書く」
「今は?」
「詩を書いている最中に急に話しかけられて少し不機嫌になっているけれど、久しぶりに何かと話せて嬉しい気持ちにもなっている猫の詩を書いている」
「完成したら読ませてくれないかな」
「詩が完成することなど、あるものか」

 私は屋根から降りてくる気配のない猫のぬいぐるみに、一言断ってから写真を撮った。
「そんなものを撮ってどうする」と彼女は言った。どうやらレッサーパンダのぬいぐるみと違って、写真のことは知っているようだった。
「そっちこそ、詩を書いてどうするんだい」
「次の詩の材料とするに決まっている」

 私は彼女に手を振って別れた。廃墟の中には完全に崩れ落ちている建物もある。猫のぬいぐるみのいる建物もいずれは崩れるだろう。ましてや大きなぬいぐるみだった。
「その時は建物が壊れた詩を書くさ」という彼女の声が聞こえる気がした。

 振り向くと、先ほどの建物の上に既に彼女の姿はなく、私と違う方向へ去っていくところだった。



(了)


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