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吉田親司「作家で億は稼げません」

 松岡圭祐 「小説家になって億を稼ごう」へのカウンター本らしいが、そちらは未読。

 吉田親司は架空戦記ものの作家で、デビューから20年、本作を入れて107冊の著作がある。平均して年間5冊以上ものペースで刊行を続けている著者でも、年収は最高920万円、最低190万円だったという。この数字を見せつけられた瞬間に、収入面で作家に夢を持つ人は心折れることだろう。

 著者の作家人生を振り返りながら、実体験に基づいた「作家として生きる方法」が記されている。架空戦記というジャンルは、著者のデビュー時から既にニッチ枠となっていたらしいし、現在は滅亡一歩手前の状態でもあるという。実際私もそういうジャンルがあることは知っていたが、読んだことはない。映画化もされた「戦国自衛隊(半村良著)」のジャンルといえば分かりやすいだろうか。あの戦争でこんな状況になっていたら、あの人が生き残っていたら、あの頃の英雄がこの時代にタイムスリップしたら……などなど。

 編集者や出版社の謎慣習との戦いや、デビューには結局新人賞受賞が一番という結論など、様々な興味深い話が書かれている。ふと本屋で自分の本を確認すると、聞いてもいないのに重版されている。重版分の印税は入っていない? どういうことか版元に訊ねてもまともに答えてくれない。すると先輩作家からこんな言葉をいただく。

「あの会社は偶数の増刷じゃ印税を払わないことで有名だよ。三刷や五刷でやっと入金される。二刷とか四刷は売れてるように見せかける水増しだ」

 終盤に執筆と健康について書かれている。同じジャンルで戦ってきた同士とも言うべき作家たちが、若くして亡くなっていく。著者自身も大病を患ってしまう。入院中にも容赦なくゲラをチェックしなければいけない。

 著者のような刊行ペースでは、常に書き続けていなければならず、売り込みもしなければならず、インプットもし続けなければならない。実質休みがない状態で執筆を続けても、億どころの年収ではない。常に本屋の平棚に置かれることを目指しての刊行ペースだったのに、コロナ禍で本屋に客足が遠のき、平棚戦術も行き詰まってしまう。それでも著者は斜陽産業となっている出版業界で架空戦記を書き続ける。人によってはそれは愚行にしか映らないかもしれない。しかしそこに至るまでの経緯を記した本書を読んでいると、尊敬の念が溢れてくる。

 
どうかお体を大事にして、これからも書き続けられんことを、切に願います。


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