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異想随筆集3「タペタム」
※ナンバリングはしていますが、どこからでも読めます。
タぺタムがブランコの下をうろついていることを、娘は知らない。
週末には家族みんなで夜の散歩をするのが習慣になっている。近所の公園のブランコで遊びたい、と娘が言うので、ライトをつけてそこまで歩く。年末で陽が落ちるのは早く、夜の散歩といってもまだ夕方五時半だ。もう真っ暗になっている。
その公園の近くにある、ガレージのある家では、軒先に馴染みの黒猫がいた。子どもたちの幼い頃から、よく撫でさせてもらっていた。高齢だったこともあってか、一年ほど前から姿を見せなくなっていた。
その黒猫のタペタムだけが、夜の公園を徘徊している。
タペタムとは、夜行性動物の目の網膜の後ろにある薄い層のことで、僅かな光でも増幅することができ、暗闇でも物が見えやすくなる。昼行性の動物にはない器官である。猫の目が暗闇で光って見えるのは、このタペタムによるものだという。
娘はブランコに座る前に「白いワンピースの女の子がいた」と言って息子を脅かしていた。もちろんそんな者はいない。きらきら光るタペタムに、ブランコを漕ぐ娘の足が当たりそうになる。避けているのか、透けているのか、タペタムはちょろちょろと子どもたちの周りを光って動き回る。私以外に気付いている者はいない。だから私の元にタペタムは寄ってくるべきなのに。なんかこう、うまいこと、猫の時代を思い出してすり寄ってくれたらいいのに、来てはくれない。
昔は近付くと威嚇してきた黒猫も、晩年は子どもたちに撫でられるがままにされていた。我が物顔で公園内をパトロールしていた様子を今でも思い出す。手も足も耳もなくなっても、タペタムだけで公園を見回っているのだろう。
娘の足がタペタムを蹴らないうちにその公園を離れた。川沿いを歩き、次の公園を目指して歩く。息子用のはずの、防寒用のパンダの被り物を何故か今日は妻が被っていた。被り物のパンダの目がきょろきょろと辺りを見渡す。その瞳の中にタペタムはない。黒猫のタペタムは公園の出口近くまでは見送ってくれたが、もうついてきてはいない。
川の水面が街灯を反射してキラキラと光り、川もタペタムを持っているように見えてくる。その川にはヌートリアがいるから、案外街灯の反射に見せかけた大量のヌートリアのタペタム反射かもしれないと思うが、「きれい」と感心している子どもたちにその話はしないでおく。ヌートリアは結構大きい。怖さはないがロマンチックな雰囲気もない。
もう一つの大きな公園に着いてボール遊びを始める。もちろん灯りの届かない暗がりから、大量の何かのタペタムたちがこちらを覗き込んでいる。
(了)
家族での夜の散歩を題材にした怪談集はこちら(ニッチテキスト名義)。
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