アニメ「PSYCHO-PASS(一期)」で未来がみえる!
今回の記事では、「PSYCHO-PASS」というアニメのレビューをしていきたいと思います。
割と沢山のアニメを観た僕ですが、その中でも「PSYCHO-PASS」は5本の指に入るくらいにはお勧めです。
先日、大学院で「人工知能に関連する作品の概要と意見を述べよ。」という課題があったので、私は「PSYCHO-PASS」のレビューを提出しました。
今回の記事ではそのレビューを載せますが、やや堅苦しい文章になっていると思います。お許しください笑
それではどうぞ!
「PSYCHO-PASS」とは?
人間のあらゆる心理状態や性格傾向の計測を可能とし、それを数値化する機能を持つ「シビュラシステム」が導入された西暦2112年の日本が舞台の作品である。人々は心理特性が数値化された値を通称「PSYCHO-PASS(サイコパス)」と呼び、有害なストレスから解放された「理想的な人生」を送るため、その数値を指標として、就職などの人生に関わる選択を行う。その中でも、犯罪に関する数値は「犯罪係数」と呼ばれ、たとえ罪を犯していなかった場合でも、規定値を超えれば「潜在犯」として裁かれ隔離される。 そのような監視社会においても発生する犯罪を抑圧するため、厚生省の内部部局の一つである警察組織「公安局」に属する刑事は、シビュラシステムと有機的に接続されている特殊拳銃を用いて、治安維持活動を行っていた。本作品は、このような時代背景の中で働く公安局刑事課一係所属メンバーたちの活動と葛藤を描く。
参考wiki:https://ja.wikipedia.org/wiki/PSYCHO-PASS
”リアル”な未来
「PSYSHO-PASS」は今から凡そ90年後の日本を描いたSFアニメである。人工知能は著しく発達し、「シビュラシステム」として人間全体を統治、コントロールする存在となっている。
これはかの著名な社会学者マックス・ウェーバーがいうところの「感情を持たずに人々を統治する理想的な官僚」であり、大衆はこのシステムを完全に受け入れている。つまり、現在我々がしている「何を食べるか」「どういったキャリアを歩むべきか」といった選択だけでなく、「誰が犯罪者か」といった善悪の基準までも、このシステムに委ねている。
個々人の自由意志を何よりも尊重する現代では違和感を持つ世界観だが、人工知能が究極的に発達すれば、「PSYCHO-PASS」のように人生のあらゆる選択を人工知能に代理してもらう世界が来るのは実に自然である。
例えば、2021年現在では、将棋で人間が人工知能に勝つことは殆ど不可能になっている。あの有名な藤井聡太ですら他の棋士に勝つために、人工知能による判断を信じて練習に使い、棋力の向上に励んでいる。
このことから、人には自分よりも高いパフォーマンスを発揮するモノを信じてしまう性質がある事が伺える。つまり、人工知能が将棋だけではなく、より汎用的な人生の選択においても人間の直感や論理に勝る判断ができる時代が来れば、人々は人工知能を信じ、あらゆる選択を委ねるだろう。
その意味で、「PSYCHO-PASS」は非常にリアルな未来を描き、いくつもの「あり得そうな事」が豊かな想像力で表現できた作品である。町や服はホログラムで描かれ、街中を公安の警備ドローンが周りと最適化しつつ走り回っている。これらのリアルな世界観を持つ「PSYCHO-PASS」は、私たちが未来を形作っていく為のモデルとして役立っていくと考えられる。
「意思」がテーマの作品
この作品の中で、核となるテーマは「意思」であると私は考えている。
心理特性や適性は数値化され、シビュラシステムが提示した選択を取り続ける人々…。人工知能がセンシングした「精神の証明書(PSYCHO-PASS)」が優れていれば、有意義かつ高収入な仕事に就くことができる。そうでない者は、そうでない職業から自分の職種を選ぶが、そもそも選択肢の幅が狭くなってしまう。
これが就職だけでなく結婚などにもついて回る。
ここで面白いのが、評価値が低い者は己の選択肢の魅力の無さに嘆いているが、反逆を起こす気概があるかといえばそうではない点である。それほどまでに、人々はシビュラシステムに依存し、そこに意思は介在していない。
そんな世界観の「PSYCHO-PASS」において、敵陣営のボスとして出てくるのが「槙島」である。槙島は、シビュラシステムに対し、一貫して否定的な反逆者のポジションであり、人間は自らの意思で選択・行動するからこそ、価値があり、魂を輝かせることが出来ると考えている。彼は殺意(=殺す「意思」)を持て余している潜在犯に目を付け、犯罪のための技術等を提供し協力するが、一度相手に失望すると即座に切り捨て殺す文字通りの「サイコパス」である。そんな槙島の思想と、主人公サイドの思想がぶつかり合う所が本作品の最大の魅力である。
「この女の生涯は野獣に似て、哀れみに欠けていた。
死んだ今は、野鳥程度の哀れみが似つかわしい」
一期はオサレなセリフが多い。
最初私は、シビュラシステムを理想的なシステムだと思っていた。意思決定すべてを人工知能に外部化した為に、政治的な汚職もないし、経済活動、社会活動がすべて効率的に運用されている。現在我々が苦しんでいるような無限の選択肢や「己とはなんぞや」のような問いに煩わされることなく、コンピュータが代わりに理想的な選択をしてくれる。犯罪をしそうなやばい人の多くは事前にシビュラシステムにより感知され裁かれるために、犯罪に巻き込まれる心配もない。なんてストレスレスな社会なんだろう!
しかし、そんな一見理想的な社会においても、徐々に問題点が浮き出てくる。例えば、シビュラシステムのおかげで、過剰にストレスレスな社会になってしまった結果、一部の人が廃人になってしまう現象が起こっている。そもそも、犯罪を犯していない人間を裁く事は良い事なのか?人生の選択肢や善悪の価値基準までも考える必要が無くなった人間の生きる意味とは?そんな疑問や現実を主人公達も目の当たりにし、葛藤を抱えるまま、槙島と対峙する。槙島はシビュラシステムによって裁く事ができない200万人に1人の「免罪体質」の持主である為、主人公が槙島を裁くためには己の「意思」で銃の引き金を引かなければならない。この時の槙島のセリフが特に印象に残っている。
「ほら、人差し指に、命の重みを感じるだろ。シビュラの傀儡でいる限りは、決して味わえない。それが決断と意思の重さだよ」
槙島のやっている事は決して許されるものではない。しかし、シビュラシステムの反逆者として発するセリフから、現代社会にもある種の尊さがある事が分かる。確かに、決断と意思は重く、辛いものであるが、それをとり続けている我々の「人間としてのアイデンティティ」そのものである。「意思」を持って選択をし、その結果と責任を全身で受ける事で我々は生を実感している。
このように「PSYCHO-PASS」は90年後の仮想的な未来から斬新な「昔は良かった」をやっている点が非常に興味深く、我々がこれからの時代を生きていくにおいて「意思」が特に重要な命題になる事を気づかせてくれる作品である。
終わりに
「PSYSHO-PASS」のレビューいかがだったでしょうか?(^^)
メイドインアビス、シュタインズゲート、BANANA FISH...。
まだまだ勧めたい作品は沢山あるので、また時間がある時にレビューしていきたいと思います。
ではまた!
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