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2018年 中高生部門 最優秀賞『嘘の木』

受賞者
上原 彩佳さん 高3

読んだ本
『嘘の木』 フランシス・ハーディング作 児玉敦子訳 東京創元社

作品 ★文中に本の結末がふくまれています★

 私には男尊女卑が理解できない。人類が誕生した時は男性も女性も平等だったはずなのに、いつから男性が優位な仕組みができたのだろう。どうして新しい命を実際にこの世に産み落とす女性が男性の肋骨から生まれたことにされなくてはならないのだろう。男尊女卑という概念が人類の歴史の中で長い間常識であったことを学んだ幼い時から、私はこの理不尽に対してかなり激しい感情を抱いてきた。フランシス・ハーディングの『嘘の木』を読み進める中で最初に私が感じたのはこの激しい感情の再来であった。

『嘘の木』の主人公、フェイスは女性の生き方がひどく限定されていたヴィクトリア朝時代を生きる十四歳の少女である。彼女は優れた知性に恵まれながらも、女性はどんな時も男性に敬意を持って従い大人しくしているべきという環境の中では、自己否定感の強い臆病な少女でしかなかった。家族よりも植物を優先し、自分の欲のために娘を利用するような父を敬愛し続け、ほとんど盲目的 に追い続ける彼女が私にはとても痛々しく見えた。

 その痛々しさを特に感じたのは62ページから始まるフェイスと医師の場面。当時少年が言ったなら絶賛されたであろう知識を彼女が口にした途端、医師の表情は曇り、フェイスは「先生が楽しそうに説明していたのに、私が知り過ぎていたためにぶち壊してしまったのだ」と自分を責める。なんでそうなるのかと私は盛大に頭を抱えた。続く医師の「男性の頭蓋骨の方が大きくて、それだ け知的だということを示しています。(中略)女性は知恵をつけすぎると、その魅力が損なわれて台無しになってしまいます」という台詞には吐き気がした。だが一番衝撃が強かったのは続くフェイスの「徹底的に打ちのめされ、裏切られた気がした。科学に裏切られたのだ。(中略)科学は、私が賢いわけがないと断じたのだ…もし奇跡的に賢かったとしたら、それは私がどこかひどく異常だということになる」という想い。医師の考えを鵜呑みにし、異常なのは自分だという思考に直結させるフェイスを見ていられなくて、私は一瞬本を閉じようかとさえ思った。

 しかし、最後には私の一度読み始めた本は必ず読み通すという信念が功を奏する事となった。

 まず、父の死後懸命にもがき続けるフェイスの姿は、同じ女子として応援せずにはいられないものだった。彼女は女性的な教育のおかげで身についた細やかさと彼女特有の知性をコンパスにして進む冒険家のようだった。何があっても父を敬愛しているからという動機に共感できたわけではなかったが、彼女の行動力には勇気をもらい、胸を打たれた。

 そして、この本の重要な一面を更に私に見せてくれたのは思いがけず、フェイスの母マートルであった。物語の前半、男性に守られるだけの女性を具現化した様なマートルは私の嫌いな女性キャラクター第一位を独走していた。しかし328ページでフェイスと衝突した際、主人が亡くなった直後に他の男性に媚を売っていたというフェイスの批判にマートルは「家族が生きるために闘っていたのよ。この容貌は私の唯一の武器なの。(中略)これは闘いなのよ、フェイス! 女も男たちと同じように、戦場に立っているの。女は武器を持たされていないから、闘っているようには見えない。でも闘わないと滅びるだけなの。」と返す。なんと勇ましいのだろう。彼女は女であることに甘えていたのではなく、女であることを武器にしていたのだ。誰よりも醜く、しかし強かに。また、この部分で“戦う”ではなく“闘う”と翻訳されていることに私は興味をひかれた。調べてみると“戦う”は広く武力によって物理的に勝負すること、“闘う”は自分の利益・要求の獲得のために主に精神的に勝負すること、と区別されており、まさに女たちのたたかいは“闘い”なのだとわかった。原書でどう表現されているのかはわからないが、少なくとも日本語訳では日本語ならではの簡潔だが深みのある素敵な表現がなされていると感じた。

 そして何と言っても圧巻だったのがこの本の終わり方。主人公が少女だというものの、力があるのは常に男性であったこの物語は、実は全てを女性が動かしていたという驚きの結末を迎える。その時代には稀有で疎まれてさえいた知性を用い、勇敢に家族を救うフェイス。女であることを武器に精一杯もがき闘うマートル。ヴェイン島での騒動を助長したジーン。自分の道を見失わない強さを持ち続けたミス・ハンター。そして全ての出来事の根源であり復讐の首謀者であったアガサ。この物語を動かしていたのは全て女性だったのだ。この結末を見届けて本を閉じたとき、女は強いという言葉が頭から離れなかった。

 十九・二十世紀頃から盛んになったフェミニズムの恩恵を現代の女性は受けている。フェイスの生きる世界と現代を比べればそれはよくわかる。だが女性が社会に出られる様になっても、女性だからこそ向き合わなければならない新たな問題が浮上しているのも事実で、2017年ごろから活発になった #MeTooの運動はその象徴と言えるだろう。つまり、少しずつ進歩が見られていても、女たちはまだ戦い、いや、闘いの真っ只中にいるのである。そんな世界中の闘う女性たちにこの本が届くことを願ってやまない。

 大丈夫、私たちは美しく強い。

〈作文に添付されていた上原さん作成の絵〉

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受賞のことば
 最優秀賞に選んでいただけたこと、大変嬉しく思います。元々ファンタジーが大好きで英語も読むため、幼い頃から翻訳書は身近で大切な存在でした。金原先生と田中先生の作品も何冊も読んでいてとても好きなので、今回受賞することができ、大変光栄です。

 嘘の木は久しぶりに私の二次創作欲を刺激してくれた特別な一冊です。高校を卒業し、一人の女性として更なる自立が求められる今、この本に出会い、この本への想いを形にできたことに心から感謝しています。

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※応募者の作文は原則としてそのまま掲載していますが、表記ミスと思われるものを一部修正している場合があります。――読書探偵作文コンクール事務局

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