幻想を剥ぐ視点ーミニ読書感想「憑依と抵抗」(島村一平さん)
文化人類学者、島村一平さんの「憑依と抵抗」(晶文社)が面白かった。現代モンゴルの宗教や、社会主義と民主化、経済開発と格差拡大の実相を活写する。ユニークなのは、「モンゴルといえば」を想像すれば浮かんでくる遊牧民ではなく、首都ウランバートルや辺境にスポットを当てること。私たちが抱く雄大で牧歌的なモンゴルの幻想を剥ぐ、鋭い視点を持ったノンフィクションだった。
タイトルからして秀逸。「憑依」は霊に身をまかせると言う点で、ただちに「抵抗」とは結びつく言葉ではない。しかし本書を読むと、ソ連下にあった時代や、その後の劇的な資本主義化の荒波の中で、宗教的な活動が市民の抵抗姿勢と絡み合う様子が浮かび、「憑依と抵抗」というワードは納得感を持つ。
たとえば、チベットの仏僧の転生者「化身ラマ」が社会主義下でどのように生き延びたかを描く第6章。ラマは単に地下に潜ったりするなど「隠れた」わけではなく、ある街の社会主義指導者として高位の役職につき、献身的に働いた様子が描かれる。
そうすると、人々は化身ラマが「仕事」としてやっていることをラマ特有の「呪術」として捉える。たとえば、病気の人が行こうとしてる病院ではなく別の病院を薦めた時、「ラマは未来を予知し正しい道に導いた」となる。このように、社会主義と呪術は互いに絡み合って「二重写し」になっている。
社会主義体制では個人崇拝は禁じられる。もちろんラマへの呪術信仰も怪しまれるわけだが、人々は体制側に「指導者だから慕っているんですよ」とポーズが取れる。ラマの呪術化は隠れ蓑として機能し、市民はそれをうまく活用して、弾圧に抵抗していたことになる。
本書では他にも、2010年ごろにシャーマンが激増する様子を「感染するシャーマン」という概念で描き出したり、ヒップホップとシャーマニズムの関連を見出したり、エッジの効いた視点が楽しめる。
たしかに宗教は社会の歪みに生まれるわけだが、人はそこに単に「取り込まれる」だけの存在ではない。そうしたステレオタイプの下に、抵抗というリアルが潜む。鋭い視点と、事実を見つめる虚心坦懐さがあれば、現実はユニークな形で姿を見せてくれるんだと感じた。
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