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チームを壊すマネジメント・人を犠牲にするマネジメントーミニ読書感想『八甲田山死の彷徨』(新田次郎さん)

新田次郎さんの『八甲田山 死の彷徨』(新潮文庫、1978年1月30日初版発行)が勉強になりました。明治35年に発生した実際の山岳事故をモチーフにしたノンフィクションに近い小説。一月、真冬の八甲田山に対ロ戦を想定した行軍訓練に臨んだ二つの隊のうち、一方はほぼ全滅し、一方は無事生還した。成否を分けたのは何か?を探求する組織論として読めますが、新田さんは生き残った方を「成功者」として描かない。それが面白い。

一つは、チームを壊すマネジメント。そしてもう一方は、人を犠牲にするマネジメント。多面的な教訓を学び取ることができます。


組織を壊すマネジメントはどちらか?それはメンバーの大多数200名近い死者を出した、青森第五連隊の方です。

第五連隊の悲劇の最大の要因は、指揮系統の乱れでした。事前に入念な準備をして、本来リーダーになるはずだったのは神田大尉(小説ということで、実在人物とは異なる仮名だそう)。しかし、いざ行軍が始まると、オブザーバーとして同行することになっていた上官の山田少佐が神田大尉の方針をことごとく否定します。いわば、管理職がマイクロマネジメントに走った状態。

たとえば、八甲田山レベルの冬山だと、方位磁針は寒さで故障し、地図は吹雪の中で目印が見えなくなり意味をなさない。だから神田大尉は地域の村人を案内人にして行軍を成功させようとしますが、山田少佐は土壇場になって「甘い」と認めない。

結局、案内人抜きで動き出した第五連隊は当然のように遭難。その後も、山田少佐の取り巻きが神田大尉の意思決定にくちばしを挟み、行き当たりばったりで生還への道が絶たれる。

第五連隊は、現場を無視したマイクロマネジメントが組織を壊し、甚大な被害を招くことを証明しました。指揮権の混乱はチームの力をマイナスどころか「×0」にするくらいの破壊力がある。

一方、同時に反対方向から八甲田山行軍に出発した弘前31連隊は、厳粛な徳島大尉を筆頭とした少数精鋭。道中の村人からきっちり案内人を立て、徳島大尉のトップダウンによって迷うことなく歩みを進めます。こちらは無事に生還しました。

しかし徳島大尉が「理想のリーダー」かといえば、著者はそのようには描いていない。何が問題になるかといえば、この案内人の切り捨てです。

31連隊は案内人なしには、いくら少数精鋭で迷いのないリーダーが率いていたとはいえ、死は免れなかった。それほど八甲田山の環境は厳しい。組織論で言えば、そもそもこんな無理な訓練を計画した段階で組織としては軋みが生じている。

しかし徳島大尉は、案内人にわずかな駄賃を渡すだけで、使い捨てのコマとしている。特に、最終盤の案内人には、目的地の陸軍拠点到着直前に「ご苦労」と任を解き、隊から離れて元の村に戻るよう指示する。いわば案内人隠しを行う。この時の案内人の一人は無理が祟り、仲間の助けなしには帰れないくらい衰弱していた。

つまり徳島大尉のチームは、チームとしての功績は輝かしいですが、陰で末端の人を犠牲にしている。その意味で極めて悪辣なマネジメントです。

表層的に見れば、八甲田山の事故は「徳島大尉のリーダーシップに学べ」となりかねない。しかし、著者はあえて案内人へのぞんざいな扱いを描いている。それを見逃したくないと思うのです。

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