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言語以外での思考ーミニ読書感想『ビジュアル・シンカーの脳』(テンプル・グランディンさん)

ASD(自閉スペクトラム症)の当事者であり、動物学者のテンプル・グランディンさんの『ビジュアル・シンカーの脳』(中尾ゆかりさん訳、NHK出版、2023年7月25日初版発行)が面白かったです。人気番組「ゆる言語学ラジオ」で紹介され話題沸騰となったらしく、そのことをネットで知り購入しました。発達障害のある子を育てる親としては、ASDに関連する本がポジティブに話題になるのはうれしい。

タイトル通り「絵で思考する」という、言語以外の思考の形態があることを深掘りして伝えてくれる本。「言語化」とか、「言葉の発達」「言葉の遅れ」とか、私たちは言語を頼り、言語にとらわれているけれど、オルタナティブを見せてくれる。もちろん、本書も本=言語なのだけれど。

ビジュアルで考えるって、どいうことか?一番印象に残ったのは、まさにビジュアル・シンカーである著者が、「家畜の牛が怖がって歩かない通路」の問題を、こんな風に解決したシーンです。

あのころ牛を取り扱う人たちは、牛が立ち止まらずに歩くよう、怒鳴ったり、牛をたたいたり、電気式の突き棒で押したりした。私は牛が見た光景を自分の目で見て確かめようと、通路に飛び降りた。通路に入ったとたん、牛がなぜ立ち止まるのかわかった。何かの影。斜めに差し込む日光。ぶら下がった鎖のような目立つもの。通路の高いところに掛けられたロープ。こういうありふれたものでさえ、牛が立ち止まる原因になっていたのだ。

『ビジュアル・シンカーの脳』p50

おそらく言語思考型の、著者以外の人たちは「牛の気持ちになって」問題を解決しようとした。だから、まるで人間に対応するように怒ったり、痛いこと(電撃の棒)で状況を変えようとした。

しかし、著者は「牛が見ているものを見る」ことをやった。実際の牛の視界を、「絵」「画像」「動画」として把握した。すると、日光や影、垂れ下がるロープが見え、それが牛の心理的障壁になることが、まさに「一目瞭然」で分かった。

そう、著者はこんな風に「問題が見える」という。たとえば何かの農機具が不具合を起こせば、脳内にその機具の精巧なミニチュアが再生される。そしてそれを実際に動かすことで、トラブルの原因がはっきりと分かる。

これは言語による論理的思考とは異なる。実際、私はビジュアル・シンカーの脳の動きを言葉で説明したわけですが、このことが「見える」人には一瞬で起こる。そして多分、問題以外のその機具の美しい点や、直接関係ない動作も、ビジュアル・シンカーには見えている。見えてしまう。

ASDは、そうではない人(いわゆる定型発達者)からすると、本当に「変わって」見える。唐突なことを言い出したり、お気に入りのセリフを何千回も繰り返したりする(うちの子の場合)。でももしかしたら、それは脳内で見える何かが、言語思考者の自分とは決定的に異なるのかもしれない。

著者は、言語思考者が容易にやってみせる「順番に考える」が苦手らしい。だから、本書をまとめる際にも、バラバラに提出された文章の断片を、編集者がうまく論理の流れになるように並べ替えたらしい。著者は、言語思考者である編集者とのやり取りが「いい学び」になったと振り返る。

言語思考タイプの人の考え方が自分と異なることを理解するのは、いい学習体験だった。ベッツィーのおかげで、説明するのが上手になった。くり返しになるが、あらゆる種類の脳には、それぞれ独自の問題解決や知識探究の方法があり、これを、ベッツィーと私のように互いに受け入れることが大切だ。

『ビジュアル・シンカーの脳』p159

「発達障害について知って欲しい」「ASDについて知って欲しい」という切なる願いは、なかなか届くのが難しい。一体、何について知ったらいいか、そうではない人にはイメージがつきにくい。

だけど、「言葉以外で物事を考える人がいるんだ」ということなら、「絵や動画を脳内で再生する人がいるんだ」ということなら、少しは言語的イメージが湧きやすいのではないかと思います。

本書はASDの理解増進に、とてつもないポジティブな貢献をしてくれています。

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グランディンさんは数多くの本を出されています。『自閉症感覚』の感想はこちら。

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