最短距離では辿り着けない場所ーミニ読書感想「そして、ぼくは旅に出た。」(大竹英洋さん)
写真家・大竹英洋さんが写真の道を志すきっかけとなった最初の旅を振り返る「そして、ぼくは旅に出た。」(文春文庫)が面白かった。ページをめくるごとに美しい景色が広がり、旅をした気持ちになる本。最短距離で目的地を目指すカーナビ的な思考では、決して辿り着けない場所があると教えてくれた。
旅本とでも言うべき本がある。読むことで旅をできる本のことだ。まるで自分が荷物を背負い、足を動かし、バスに揺られるような、そんな気分にさせてくれる本。本書はまさにそうした旅本の一冊だ。
大学卒業後の進路を決める頃、著者は夢でオオカミに出会い、その夢を頼りにオオカミについて調べるうちに、「ノースウッズ」という米国カナダ国境付近の湖水地方に引き付けられる。ノースウッズを舞台にオオカミの荘厳とした写真作品を世に送り出した米国人写真家に弟子入りするため、著者は旅に出る。
ノースウッズへの行き方も、その写真家が本当に弟子にしてくれるかも分からない。むこうみずで、何も約束されていない旅。読者も不安と期待を抱えながら、著者の背中を追うことになる。
著者はだんだんとノースウッズに近付く。そして、どうせなら写真家がのめり込んだ湖水地方の魅力を知ろうと、途中からはカヌーに乗ることにする。それまでカヌー乗船の経験がないのに、である。
目的地に近付いたとき、回り道をする。むしろ歩みをゆるめ、もっと時間をかけて旅をする。目的地を目指すことをやめたわけではないが、道中に含まれる実りをより深く味わう。とても贅沢であると同時に、あくせく生きる私たちに問いかけるものがあると感じた。
結局、この回り道がのちのち良いふうにつながる。しかしこれは、カヌーに乗ることを予定し、計算したのでは生まれなかった良い結果である。
解説で、「最近は結果を出すという言葉が使われるが、本書を読むと結果は出るものだと分かる」という趣旨の指摘がある。同感だ。狙った結果を出す、出すことができるという発想が、どれほど浅いものかが分かる。
通読すれば、本書はうらやましいくらいのソウルクエストだ。成功した自分探しとも言えるかも知れない。そうした悔しさはあるけれど、著者が回り道をして読者に見せてくれた景色は美しい。もしも結末が違っていても、それは揺るがないのではないのだろう。
今日から、明日から、もう少し回り道をして、最短距離ではない道を行こうと思える。