中央線の地層を覗くーミニ読書感想『中央線随筆傑作選』(南陀楼綾繁さん編)
南陀楼綾繁さん編『中央線随筆傑作選』(中公文庫、2024年9月25日初版発行)が面白ったです。御茶ノ水、四ツ谷、新宿、中野、高円寺、阿佐ヶ谷、三鷹などなど、中央線沿線にまつわる随筆・エッセイを集めた一冊。中央線にかつてこんな景色があったのかと、その「地層」を垣間見るような楽しさがあります。
中央線の開業は明治時代の1889年。当然ながら、昔は田畑や田園風景の中に敷設したわけですが、作家がその様子を描写するといまとの違いに驚きます。たとえば萩原朔太郎さん『悲しい新宿』。
新宿が、田んぼの中にある。ネオンの光が田舎の花火のよう。その当時そびえたったという五階建てのビルは、今の時代であれば高層タワーの中に埋没し、むしろ郷愁を誘うでしょう。
こうしたかわいらしい新宿の上に、いまの迷路のような摩天楼がある。
三鷹についてのこんな描写もよい。西江雅之さん『三鷹〝蝦蟇屋敷〟界隈』より。
いま、三鷹で鳥の声を探せるだろうか。同じような自然はさらに郊外まで退いてしまっている。
きっと、今現在の都会的な中央線の風景も、やがては地層の一つとなる。未来の人から見れば懐かしくて「そんな時代もあったんだ」と。あるいは人口減少の先に、本書のような田舎が再び権限しているだろうか。時代を、風景を、タイムカプセルにして読者に届ける。随筆・エッセイの面白さは、そこにあるのかもしれないと感じました。
いいなと思ったら応援しよう!
万が一いただけたサポートは、本や本屋さんの収益に回るように活用したいと思います。