病者の側から治療を再構築するーミニ読書感想『治療文化論』(中井久夫さん)
◎中井久夫さん『治療文化論』(岩波現代文庫、2001年5月16日初版発行)
書店で、岩波現代文庫が「ケアを考える」という趣旨のフェアを展開していて、その中の一冊が本書でした。著者の中井久夫さんは河合隼雄さんと同様に著名な精神科医として認識はしていものの、著作は未読。「治療」と「文化」という一見して繋がらない概念をどう結び付けるのか興味を持ちました。
治療文化とは、治療を病者の側から捉え直す行為だと受け取りました。つまり、治療者=医師・医療機関が与えるものという考え方を捉え直す。実際、著者は治療文化の最小単位を「一人治療文化」とする。
ケアというフェアのテーマに引き付けると「ケアはセルフケアから始まる」と言い換えることが可能かもしれません。自分をいたわり、愛すること。あるいは病や障害に引き付ければ、その問題の「当事者研究」をケアの出発点にしていくこと。
一人治療文化という発想は、病者を「何もできない存在」とみなしては始まらない。裏返しの言い方をすれば、著者は病者を「セルフケアできる存在」として認めている。本書の中の言葉を使えば、病者のディグニティー(尊厳)を決して奪わない。それが、治療者として稀有な姿勢です。
こんな言葉にそのスタンスはにじむ。
病者=有徴者。否定形表現としての非病者。
たとえば発達障害は、他人とのコミュニケーションがいまほど重視されない社会では障害とはみなされないかもしれない。障害という「徴」は、社会が変われば「現れる/現れない」のラインがいつでも動きうる。著者の病の見方は動的で、だからこそ風通しが良い。
本書は難しいです。正直、読み飛ばした部分はかなり多い。しかしここに記録した文章だけでも珠玉で、そうしたインパクトのある本はそれほど多くはないと感じます。読む価値は大きい。
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